絶え間ない調べ
2006年4月25日
海は、いい。
南国の海に限るけど。
真夏に来るとどうしても海に入りたくなって、泳ぐわ潜るわマリンスポーツするわと忙しい。
だけど、シーズンオフでまだちょっと水が冷たそうだなぁ・・・って時に来ると、こうしてただ眺めるだけという海との静かな関わりが出来上がる。ちょっと物足りない気がするけど、やっとその良さに気付くお年頃になった私だ。
波が打ち寄せる、音。
訪れる人もまだ少なく、子供達がはしゃぐ声もない。
話すのをやめると、聞こえてくるのはただ・・・・
波の音
だけだった。
南国の海に限るけど。
真夏に来るとどうしても海に入りたくなって、泳ぐわ潜るわマリンスポーツするわと忙しい。
だけど、シーズンオフでまだちょっと水が冷たそうだなぁ・・・って時に来ると、こうしてただ眺めるだけという海との静かな関わりが出来上がる。ちょっと物足りない気がするけど、やっとその良さに気付くお年頃になった私だ。
波が打ち寄せる、音。
訪れる人もまだ少なく、子供達がはしゃぐ声もない。
話すのをやめると、聞こえてくるのはただ・・・・
波の音
だけだった。
島ネコ発見
2006年4月25日
沖縄在住。?才、オス(私のカン)。
今帰仁城の主だったのかもしれない・・・。
観光客が行き交う道端に、行き倒れのようにゴロ〜ンとなっていた。
どこまでも柔らかい風に吹かれての、充実したお昼寝を邪魔するのも心苦しかったがどーーうしてもナデナデしたくて近づいた。
足先1つ動かすでもなく、物憂げに頭を上げてチロッと私を見た。
見ただけで、また、寝た。
愛想なし。
だが、ネコに愛想を求めてはいけないものだ。
頭をナデナデ・・・
首もナデナデ・・・
背中とお腹もナデナデ・・・
君、ちょっとでいいから
私と入れ替わってくれないかい?
今帰仁城の主だったのかもしれない・・・。
観光客が行き交う道端に、行き倒れのようにゴロ〜ンとなっていた。
どこまでも柔らかい風に吹かれての、充実したお昼寝を邪魔するのも心苦しかったがどーーうしてもナデナデしたくて近づいた。
足先1つ動かすでもなく、物憂げに頭を上げてチロッと私を見た。
見ただけで、また、寝た。
愛想なし。
だが、ネコに愛想を求めてはいけないものだ。
頭をナデナデ・・・
首もナデナデ・・・
背中とお腹もナデナデ・・・
君、ちょっとでいいから
私と入れ替わってくれないかい?
ウージの木は暖かかった
2006年4月24日
週末を沖縄で過ごしてきた。
金曜日の夜10時に那覇空港に着きホテルに直行してすぐ眠り、土日はレンタカーを借りて沖縄を満喫。そして今日朝食を摂ってすぐ空港に向かい、2時には帰って来るというスケジュールだった。
一番気がかりだった天気は、予報では土日とも曇りや雨で、青空を望めそうにはないと諦めていたけれど、2日とも良いほうに予報が外れて雲間から青空が広がり日焼けを気にするほど。一度だけ、土曜の夜に国際通りにご飯を食べに行った帰りにどしゃ降りの雨に降られて、ズボンも靴もズクズクに濡れてしまったけれど。
本当に、不思議なくらい、行く所行く所で頭の上に気持ちの良い青空が広がってくれた。まるで誰かが、雲のカーテンをその時だけ開けてくれているみたいに。
沖縄は確か、5回目。
とても思い出深い場所だ。
エクスと2人、そんな懐かしい場所や出来事を行く先々で話しながら、今回も色んなところに足を伸ばした。
今帰仁城、水族館、ショッピングスポット、アウトレットモール、伊計島、以前泊ったリゾートホテル、いくつかの美しいビーチ、国際通り・・・
エクスの運転で、地図と飲み物とお菓子を後ろの座席に転がして朝から晩まであちこちを回った。その途中に通ったいくつかの町は、自分が今、非日常の世界にいるんだと言うことをいちいち実感させてくれる。
思わぬ時に目に入る綺麗な風景、そこに暮らす人達の表情。それを見たとたん、私の心の中にはもう1人の自分が生まれる。この土地に住み、地元の食材を料理して食べ、お気に入りのお店で服を買い、家を住みやすく整えて幾人かの友達を作り遊んでいる。甘い恋もしているかも知れない。
ああ・・・・妄想三昧。
それにしてもここまで南下すると、街路樹などあちこちに植えられている木々の種類が、私の住む街とは全く違う。植物分布が違うくらい環境が異なるのだと改めて考えると、何だか不思議な気持ちがする。エクスも「ここはもう外国だねぇ」と言っていたが、沖縄はそのくらい独自の文化と歴史を育んできたのだよねぇ。そんな場所に来ると、普段は後ろの方に隠れていた自分の違う部分が顔を出すから面白い。
食べ物も、全てが美味しかった。
朝は結局ずっとホテルのバイキング。昼は海沿いのドライブインでゴーヤーチャンプルーとグルクン(沖縄の県魚、白身の魚)のフライの定食を食べたり、リゾートホテルのレストランで微妙に高級なパスタやサンドイッチを優雅に食べたりした。夜は2日連続で同じお店、そこはライブが聴ける居酒屋。若い男の人が、沖縄民謡とか島唄や涙そうそうなどの誰もが知っている歌をを三線だけで弾き語りしていた。泡盛のカクテルが慣れない体を強烈に駆け巡り、たった1杯ですっかり出来上がり。島らっきょうやじーまみー豆腐など、沖縄の食材をたっぷり使った料理も全部美味しくて気分は最高、そしてライブの最後には全員でカチャーシー。「アイーヤ、イーヤサーサ!」と合いの手を入れながら全員で踊った。
ああ、とっても楽しい週末だったなぁ!
それにしてもエクスと旅行したのは久しぶり。
4年ぶりくらいかな。
今はもう、彼に対しては古い友達のような感覚。パンツ一丁の姿を見てもなんとも思わない・・・と言うよりあまり見たくない。私は当然、着替えはバスルームで。
そしてやっぱり、以前から感じていた隔たりを同じように感じた。何と言うか、人間としてのベースの部分で。タイプが違うんだよね、毎日どんな生活を送っているかと言う意味で。どちらが良い悪いという事ではなく、向かっている方向が。
人と人の繋がりというのは、その2人が「どんな関係」かという事に左右されることは根本的に無い。関係なんてものは、本人同士以外の人達が便宜上理解しやすくするために勝手にくっつけている呼称だね。親子・兄弟・親友・恋人・夫婦・・・、ほんとのところは外見では判りづらい。当事者同士でも温度差があるのに。そして必ず変わり続けていく。
私は、エクスと長く一緒にいるとどうしても焦燥感を抱いてしまう。それは彼の、現在の生き方そのものに対して私が勝手に持つ感想だ。長いこと精神的に同じ場所で地団太を踏んでいるエクスに、憤りに似た焦りを感じてついつい叱咤激励してしまう。エクスはそれを、有難くも疎ましくも思っていることは判っている。そして、そんな風にエクスに接してしまう自分が、私は嫌いなのだ。その度に相手を変えられないことを、何より自分が変われないことを、砂を噛む思いで直視しなければならないから。
何を食べようかとか、どこに行こうかとかって言う何でもないちょっとした会話や動作の中に、そんな深〜い感情を抱いてしまうのは私の悪い癖なのかも知れないな・・・・。だけどこの感じはエクスといる時だけに起きる。
それでも、この旅行は本当に楽しかった。
行って良かった。
沖縄から帰って来ると、こっちの風はまだまだ冷たくてびっくり。桜も散ってすっかり春だと思っていたのに。そうか、沖縄はすでに初夏だったんだ!日中は半袖で良かったもんね。
そしてタカは今日、風邪でダウンしたようだ。
金曜日の夜10時に那覇空港に着きホテルに直行してすぐ眠り、土日はレンタカーを借りて沖縄を満喫。そして今日朝食を摂ってすぐ空港に向かい、2時には帰って来るというスケジュールだった。
一番気がかりだった天気は、予報では土日とも曇りや雨で、青空を望めそうにはないと諦めていたけれど、2日とも良いほうに予報が外れて雲間から青空が広がり日焼けを気にするほど。一度だけ、土曜の夜に国際通りにご飯を食べに行った帰りにどしゃ降りの雨に降られて、ズボンも靴もズクズクに濡れてしまったけれど。
本当に、不思議なくらい、行く所行く所で頭の上に気持ちの良い青空が広がってくれた。まるで誰かが、雲のカーテンをその時だけ開けてくれているみたいに。
沖縄は確か、5回目。
とても思い出深い場所だ。
エクスと2人、そんな懐かしい場所や出来事を行く先々で話しながら、今回も色んなところに足を伸ばした。
今帰仁城、水族館、ショッピングスポット、アウトレットモール、伊計島、以前泊ったリゾートホテル、いくつかの美しいビーチ、国際通り・・・
エクスの運転で、地図と飲み物とお菓子を後ろの座席に転がして朝から晩まであちこちを回った。その途中に通ったいくつかの町は、自分が今、非日常の世界にいるんだと言うことをいちいち実感させてくれる。
思わぬ時に目に入る綺麗な風景、そこに暮らす人達の表情。それを見たとたん、私の心の中にはもう1人の自分が生まれる。この土地に住み、地元の食材を料理して食べ、お気に入りのお店で服を買い、家を住みやすく整えて幾人かの友達を作り遊んでいる。甘い恋もしているかも知れない。
ああ・・・・妄想三昧。
それにしてもここまで南下すると、街路樹などあちこちに植えられている木々の種類が、私の住む街とは全く違う。植物分布が違うくらい環境が異なるのだと改めて考えると、何だか不思議な気持ちがする。エクスも「ここはもう外国だねぇ」と言っていたが、沖縄はそのくらい独自の文化と歴史を育んできたのだよねぇ。そんな場所に来ると、普段は後ろの方に隠れていた自分の違う部分が顔を出すから面白い。
食べ物も、全てが美味しかった。
朝は結局ずっとホテルのバイキング。昼は海沿いのドライブインでゴーヤーチャンプルーとグルクン(沖縄の県魚、白身の魚)のフライの定食を食べたり、リゾートホテルのレストランで微妙に高級なパスタやサンドイッチを優雅に食べたりした。夜は2日連続で同じお店、そこはライブが聴ける居酒屋。若い男の人が、沖縄民謡とか島唄や涙そうそうなどの誰もが知っている歌をを三線だけで弾き語りしていた。泡盛のカクテルが慣れない体を強烈に駆け巡り、たった1杯ですっかり出来上がり。島らっきょうやじーまみー豆腐など、沖縄の食材をたっぷり使った料理も全部美味しくて気分は最高、そしてライブの最後には全員でカチャーシー。「アイーヤ、イーヤサーサ!」と合いの手を入れながら全員で踊った。
ああ、とっても楽しい週末だったなぁ!
それにしてもエクスと旅行したのは久しぶり。
4年ぶりくらいかな。
今はもう、彼に対しては古い友達のような感覚。パンツ一丁の姿を見てもなんとも思わない・・・と言うよりあまり見たくない。私は当然、着替えはバスルームで。
そしてやっぱり、以前から感じていた隔たりを同じように感じた。何と言うか、人間としてのベースの部分で。タイプが違うんだよね、毎日どんな生活を送っているかと言う意味で。どちらが良い悪いという事ではなく、向かっている方向が。
人と人の繋がりというのは、その2人が「どんな関係」かという事に左右されることは根本的に無い。関係なんてものは、本人同士以外の人達が便宜上理解しやすくするために勝手にくっつけている呼称だね。親子・兄弟・親友・恋人・夫婦・・・、ほんとのところは外見では判りづらい。当事者同士でも温度差があるのに。そして必ず変わり続けていく。
私は、エクスと長く一緒にいるとどうしても焦燥感を抱いてしまう。それは彼の、現在の生き方そのものに対して私が勝手に持つ感想だ。長いこと精神的に同じ場所で地団太を踏んでいるエクスに、憤りに似た焦りを感じてついつい叱咤激励してしまう。エクスはそれを、有難くも疎ましくも思っていることは判っている。そして、そんな風にエクスに接してしまう自分が、私は嫌いなのだ。その度に相手を変えられないことを、何より自分が変われないことを、砂を噛む思いで直視しなければならないから。
何を食べようかとか、どこに行こうかとかって言う何でもないちょっとした会話や動作の中に、そんな深〜い感情を抱いてしまうのは私の悪い癖なのかも知れないな・・・・。だけどこの感じはエクスといる時だけに起きる。
それでも、この旅行は本当に楽しかった。
行って良かった。
沖縄から帰って来ると、こっちの風はまだまだ冷たくてびっくり。桜も散ってすっかり春だと思っていたのに。そうか、沖縄はすでに初夏だったんだ!日中は半袖で良かったもんね。
そしてタカは今日、風邪でダウンしたようだ。
食費と体をプチダイエット
2006年4月20日
気がつけば、巷にはいろんな種類の野菜ジュースが出回ってきた。
各社とも工夫してそのアピールポイントは様々。そして私はと言えば、比較論を語れるほど飲み比べた訳じゃないけどまさに非の打ち所が無い、100%自分好みの味がする野菜ジュースを見つけハマっている。
それがこれ。
やはりイトー園はいい仕事をしてくれる。お茶のジャンルでも好きだなと思うのはここのだったりする。
私にとってこれ以外の野菜ジュースは甘過ぎるのだ。ちなみにタカはまずいと言った。彼が好きなのはもっと色が薄くて甘いんだよね。材料の配分が違うせいだろうけれど、子供好みの味ですな。フフン(←何に勝ち誇っているのか)
さて昨日に引き続き、今夜も大忙し。
カビに侵され、湿気で膨張して引き出しが閉まらなくなった無残なたんすを救済するべく、あの手この手を尽くした。
今日は仕事のあいまに湿気&カビ対策グッズを買ってきた。たんす用のシートや繰り返し使える湿気取りシートや防虫剤。
そしてさっきまで、晩ご飯もそこそこにして服を全部引っ張り出し、掃除をしてエタノールを吹き付けて最後に必殺技の布団乾燥機だ。引き出しと、たんす本体それぞれに1時間ほどずつ、乾燥機の袋をねじ込み温風を当てた。すると、それまでは閉めようとしても突っかえちゃってビクともしなかった引き出しが、何事も無かったかのようにスルスル〜ッと閉まった!
ああもう、嬉しい!
たんすが、やっと本来の機能を取り戻したのよ!
たんす職人を呼ぶことにならなくて、ほんとに良かった・・・。
これからは服を詰めすぎないように気をつけよう。
さて・・・
明日の夜から、週末を沖縄で過ごして来る。
エクス(元夫)と久しぶりに旅行。大好きな沖縄、楽しみだなぁ〜♪泳がないけれど、レンタカーでのんびりとあちこち見て回るつもり。時間を忘れて成り行きに任せて、出会うものや起こることをただ楽しんでいたい。
私の交友関係をほとんど詮索しない、というか興味が無いのかもしれないタカには「友達と行って来る」と言った。嘘ではない、エクスは私の大切な友達だ。タカは気をつけて行ってきてね、お土産は黒酢がいいなと言っただけで、誰とどこに泊ってどんなところに行くのかということを全然聞かない。元来そういう人なのか、それとも何かを感じていて敢えて何も言わないのか、まだその辺の微妙な心情を掴みきれない私だ。
とにかく、来週の月曜日までブログはお休み。
さてと、最近日課にし始めたストレッチを今夜もちゃんとやってから、眠ろう。
各社とも工夫してそのアピールポイントは様々。そして私はと言えば、比較論を語れるほど飲み比べた訳じゃないけどまさに非の打ち所が無い、100%自分好みの味がする野菜ジュースを見つけハマっている。
それがこれ。
やはりイトー園はいい仕事をしてくれる。お茶のジャンルでも好きだなと思うのはここのだったりする。
私にとってこれ以外の野菜ジュースは甘過ぎるのだ。ちなみにタカはまずいと言った。彼が好きなのはもっと色が薄くて甘いんだよね。材料の配分が違うせいだろうけれど、子供好みの味ですな。フフン(←何に勝ち誇っているのか)
さて昨日に引き続き、今夜も大忙し。
カビに侵され、湿気で膨張して引き出しが閉まらなくなった無残なたんすを救済するべく、あの手この手を尽くした。
今日は仕事のあいまに湿気&カビ対策グッズを買ってきた。たんす用のシートや繰り返し使える湿気取りシートや防虫剤。
そしてさっきまで、晩ご飯もそこそこにして服を全部引っ張り出し、掃除をしてエタノールを吹き付けて最後に必殺技の布団乾燥機だ。引き出しと、たんす本体それぞれに1時間ほどずつ、乾燥機の袋をねじ込み温風を当てた。すると、それまでは閉めようとしても突っかえちゃってビクともしなかった引き出しが、何事も無かったかのようにスルスル〜ッと閉まった!
ああもう、嬉しい!
たんすが、やっと本来の機能を取り戻したのよ!
たんす職人を呼ぶことにならなくて、ほんとに良かった・・・。
これからは服を詰めすぎないように気をつけよう。
さて・・・
明日の夜から、週末を沖縄で過ごして来る。
エクス(元夫)と久しぶりに旅行。大好きな沖縄、楽しみだなぁ〜♪泳がないけれど、レンタカーでのんびりとあちこち見て回るつもり。時間を忘れて成り行きに任せて、出会うものや起こることをただ楽しんでいたい。
私の交友関係をほとんど詮索しない、というか興味が無いのかもしれないタカには「友達と行って来る」と言った。嘘ではない、エクスは私の大切な友達だ。タカは気をつけて行ってきてね、お土産は黒酢がいいなと言っただけで、誰とどこに泊ってどんなところに行くのかということを全然聞かない。元来そういう人なのか、それとも何かを感じていて敢えて何も言わないのか、まだその辺の微妙な心情を掴みきれない私だ。
とにかく、来週の月曜日までブログはお休み。
さてと、最近日課にし始めたストレッチを今夜もちゃんとやってから、眠ろう。
あ・り・え・ねーーーーっ!
2006年4月19日
うちの、桐たんすが大変なことに。
置いてある部屋が、冬の間は暖房で湿気が溜まりやすいので、なるべく注意して換気をしていたのだが、この前から引き出しの開閉がしづらくなってきていた。
こりゃ水気を吸って膨張したな、しばらく様子を見てどうしても戻らなかったら職人さんに削ってもらわなきゃだめかもと思いながら、毎日苦労して服を出し入れしていたところに・・・・
カビだ。
一番下の引き出しの、奥のほうにあるものを出そうとしたらあの匂いが。まさかと思い中のものを全部出してみると、後ろの部分にそれはあった・・・・
ショーーック!!
必死で掃除を開始。
窓を全部開け風通しを良くして、中のものをひとつひとつ拭いて洗える物は即洗濯機に放り込み、引き出しの内側に点々と付いたカビを掃除機で吸い取りその紙パックは捨ててしまい、消毒用エタノールをまんべんなく吹き付けた。
そして今、最後の仕上げ。
布団乾燥機を出し、袋の部分を引き出しの中に突っ込みスイッチオン。カラッカラに乾かしてやるぅぅぅぅ。
はぁぁ、ガックリ。
大事に使ってきた桐たんすが、こんなことになっていたなんてもう、ありえないッス。
恐る恐る上の段も確認したけど、幸い大丈夫だった。早めに気付いて良かった。でも何となく気持ちが悪いので、衣替えもすることだし中の服を洗濯しておくことにした。
今日はきっと、1年分くらいのカビを吸ってしまったに違いない・・・変な病気になりませんように・・・(号泣)
置いてある部屋が、冬の間は暖房で湿気が溜まりやすいので、なるべく注意して換気をしていたのだが、この前から引き出しの開閉がしづらくなってきていた。
こりゃ水気を吸って膨張したな、しばらく様子を見てどうしても戻らなかったら職人さんに削ってもらわなきゃだめかもと思いながら、毎日苦労して服を出し入れしていたところに・・・・
カビだ。
一番下の引き出しの、奥のほうにあるものを出そうとしたらあの匂いが。まさかと思い中のものを全部出してみると、後ろの部分にそれはあった・・・・
ショーーック!!
必死で掃除を開始。
窓を全部開け風通しを良くして、中のものをひとつひとつ拭いて洗える物は即洗濯機に放り込み、引き出しの内側に点々と付いたカビを掃除機で吸い取りその紙パックは捨ててしまい、消毒用エタノールをまんべんなく吹き付けた。
そして今、最後の仕上げ。
布団乾燥機を出し、袋の部分を引き出しの中に突っ込みスイッチオン。カラッカラに乾かしてやるぅぅぅぅ。
はぁぁ、ガックリ。
大事に使ってきた桐たんすが、こんなことになっていたなんてもう、ありえないッス。
恐る恐る上の段も確認したけど、幸い大丈夫だった。早めに気付いて良かった。でも何となく気持ちが悪いので、衣替えもすることだし中の服を洗濯しておくことにした。
今日はきっと、1年分くらいのカビを吸ってしまったに違いない・・・変な病気になりませんように・・・(号泣)
坊主 イズ ビー アンビシャス!
2006年4月17日
面白い繋がりで、滋賀県の西側にある小さな町の小さなお寺に、仕事をしに行って来た。
家から電車と車を乗り継ぎ約2時間、広い田んぼと数軒の家が集まる中に建つそのお寺に着いた。そこには、私よりも若いご住職と可愛らしい奥様と2人の小さいお子さんが住んでおり、慎ましい広さの境内には都会より少し遅れて今まさに満開を迎えた見事な桜の木があった。雨が続いた後の、久しぶりに晴れ上がった春の空を背に、それは気持ち良さそうに咲き誇っていた。
桜の木の下で思わず立ち止まり感嘆の声を漏らしている私の横で、ご住職も人懐っこい笑顔を見せて言った。
「綺麗でしょう。花がプリップリしている感じです」
うまいこと言うなぁ。本当に、花のひとつひとつに弾けるような瑞々しさがある。まさに幼子のほっぺたのよう、プリプリしている。
仕事は、いくつかの改善すべき点を含みつつ滞りなく終了。ちょうどお昼時になったので、ご住職夫妻と2歳になる娘さんと一緒に近くのカレー屋さんでご飯を食べた。
会ったのは今日が2回目、あとは電話で事務的なやりとりを数回しただけで、ゆっくりとお話できたのは初めて。でも私達はもうすっかり打ち解けてしまい、とても楽しいひと時を過ごした。
お坊さんというと、たいていの人が持つイメージは早朝から深夜まで厳しい修行に明け暮れているといったものだろうけれど、彼らのように結婚して所帯を持ち子供も育てているお坊さんもたくさんいる。
そういうお寺では、地域の人達とのコミュニケーションを積極的に行うことも少なくない。今日のところもそうで、法事の時だけ思い出したように訪れるだけのお寺ではなく、ご近所さんが気軽に足を運び情報交換したり子供達が安心して遊べる場を提供したりすることで、地域もお寺も活性化すればと願っている。
考えて見れば、昔は神社やお寺がごく自然に、集会所のように機能していたんだしなぁ。子供達には寺子屋、大人達には相談所のように。私も子供の頃は、境内が大好きな遊び場だったよ。
宗教だなんて堅苦しいこと子供には判らなくても、生活の中に当たり前に存在していた神社やお寺と接しているうちに、目に見えぬものに手を合わせ敬う気持ちが芽生えるものじゃないだろうか。
そんなことをとりとめもなく話しながら、ご住職はキーマカレーセットを残らずきれいに平らげて、笑いながら言った。
「実は私、バツイチなんですよ」
その風貌とバツイチという言葉のミスマッチに思わず吹き出しそうになりながら、本当ですかと目を白黒させてしまった。
お寺の次男として育ったご住職は、実家を離れ別のお寺に養子として入ったものの奥様が浪費家でむちゃくちゃなことになったらしく、離婚してしばらくはそのお寺を1人で守っていたそうだが、良縁を得て今の奥様と再婚し2人のお子様にも恵まれたそうだ。
「朝早く起きてお努めの1つもすればいいんですけれど、何しろ子供中心の生活になってしまって。夜は子供が眠ってからお寺の仕事をしなくちゃいけないからどうしても眠るのが遅いでしょう。全く、ナマクラ坊主ですよ〜」
そう言って丸い頭を撫でるご住職。
その瞳は、やはりどことなく凡人よりも澄んでいるように思えてならなかった。
傍らでは奥様が、リンドウの花のように静かに笑いながら、カレーに飽きて遊び始めた娘を優しく諌めていた。
次に来るのは、7月。
またお会いするのが本当に楽しみだ。
家から電車と車を乗り継ぎ約2時間、広い田んぼと数軒の家が集まる中に建つそのお寺に着いた。そこには、私よりも若いご住職と可愛らしい奥様と2人の小さいお子さんが住んでおり、慎ましい広さの境内には都会より少し遅れて今まさに満開を迎えた見事な桜の木があった。雨が続いた後の、久しぶりに晴れ上がった春の空を背に、それは気持ち良さそうに咲き誇っていた。
桜の木の下で思わず立ち止まり感嘆の声を漏らしている私の横で、ご住職も人懐っこい笑顔を見せて言った。
「綺麗でしょう。花がプリップリしている感じです」
うまいこと言うなぁ。本当に、花のひとつひとつに弾けるような瑞々しさがある。まさに幼子のほっぺたのよう、プリプリしている。
仕事は、いくつかの改善すべき点を含みつつ滞りなく終了。ちょうどお昼時になったので、ご住職夫妻と2歳になる娘さんと一緒に近くのカレー屋さんでご飯を食べた。
会ったのは今日が2回目、あとは電話で事務的なやりとりを数回しただけで、ゆっくりとお話できたのは初めて。でも私達はもうすっかり打ち解けてしまい、とても楽しいひと時を過ごした。
お坊さんというと、たいていの人が持つイメージは早朝から深夜まで厳しい修行に明け暮れているといったものだろうけれど、彼らのように結婚して所帯を持ち子供も育てているお坊さんもたくさんいる。
そういうお寺では、地域の人達とのコミュニケーションを積極的に行うことも少なくない。今日のところもそうで、法事の時だけ思い出したように訪れるだけのお寺ではなく、ご近所さんが気軽に足を運び情報交換したり子供達が安心して遊べる場を提供したりすることで、地域もお寺も活性化すればと願っている。
考えて見れば、昔は神社やお寺がごく自然に、集会所のように機能していたんだしなぁ。子供達には寺子屋、大人達には相談所のように。私も子供の頃は、境内が大好きな遊び場だったよ。
宗教だなんて堅苦しいこと子供には判らなくても、生活の中に当たり前に存在していた神社やお寺と接しているうちに、目に見えぬものに手を合わせ敬う気持ちが芽生えるものじゃないだろうか。
そんなことをとりとめもなく話しながら、ご住職はキーマカレーセットを残らずきれいに平らげて、笑いながら言った。
「実は私、バツイチなんですよ」
その風貌とバツイチという言葉のミスマッチに思わず吹き出しそうになりながら、本当ですかと目を白黒させてしまった。
お寺の次男として育ったご住職は、実家を離れ別のお寺に養子として入ったものの奥様が浪費家でむちゃくちゃなことになったらしく、離婚してしばらくはそのお寺を1人で守っていたそうだが、良縁を得て今の奥様と再婚し2人のお子様にも恵まれたそうだ。
「朝早く起きてお努めの1つもすればいいんですけれど、何しろ子供中心の生活になってしまって。夜は子供が眠ってからお寺の仕事をしなくちゃいけないからどうしても眠るのが遅いでしょう。全く、ナマクラ坊主ですよ〜」
そう言って丸い頭を撫でるご住職。
その瞳は、やはりどことなく凡人よりも澄んでいるように思えてならなかった。
傍らでは奥様が、リンドウの花のように静かに笑いながら、カレーに飽きて遊び始めた娘を優しく諌めていた。
次に来るのは、7月。
またお会いするのが本当に楽しみだ。
越えるもの・突き抜けるもの
2006年4月16日
昨日のセットリストを見つけたので、残しておこう。
************************
1.Last Man Standing
2.You Give Love a Bad Name
3.Captain Crash & the Beauty Queen from Mars
4.Runaway
5.The Radio Saved My Life Tonight
6.Just Older
7,I Want to Be Loved
8.Everyday
9.Born To Be My Baby
10.Story Of My Life
11.In These Arms
12.Welcome To Wherever You Are
13.Have A Nice Day
14.Livin’ On A Prayer
15.Bad Medicine
16.Raise Your Hands
【Richie’s Solo】
17.I’ll Be There For You
【Acaustic Time】
18.Always(Acoustic)
19.Someday I’ll Be Saturday Night(Acoustic)
20.Complicated
21.I’ll Sleep When I’m Dead
22.Keep The Faith
【Encore】
23.Wanted Dead Or Alive
24.It’s My Life
25.Who Says You Can’t Go Home?
************************
日曜日。
思ったほど天気は回復せず、曇り空に雨もパラパラ。
興奮し切った体をぐったりと横たえて眠った昨日、腹時計に苛まれて12時頃やっと起き出した。
タカ特製の焼きうどんを食べながら、休日の気だるさを味わう。だけど2人とも口を開けばボン・ジョビの話ばかり。しばらくは収まりそうにない。
そしてタカは4時間ほど仕事をしに、ラボへ。車で送ってあげたあと、私は気ままにフラッと買い物に出かけた。でも休日の道路は嫌になるくらい渋滞中・・・行きたかった古本屋を諦め、近くのスーパーで夜タカが作ってくれるグラタンの材料を揃えて、百均をチラッと覗いて早々に帰ってきた。
タカの家のドアを、合い鍵を使って開け中に入る。
・・・・ムフフフフフフフ。
カ・イ・カ・ン♪(←古い)
そして、勝手知ったるお勝手で好きなお茶を淹れ、タカが録画していた「ことの終わり」を見た。好きな映画だった。
またボン・ジョビの話だけど・・・
コンサートに来ていた人たちの、年齢層の厚さは見ものだった。
小学生あり、初老の男性あり。デビュー当時からのファンらしき人達も目立つし、10代・20代の人もたくさんいた。私達の隣に座っていた家族は、お母さんと娘さんが大ファンでお父さんはオマケで一緒についてきたっていう感じだった。
世の中には「ボーダー」と思われるものがいくつも存在する。
境界・さかい目。何かと何かを分けるもの。
それらを取っ払い、突き抜けてしまうものの強さやしなやかさに私は強く憧れてしまう。
ボン・ジョビが文字通り、国境も世代も越えて人々の心を惹きつけ続けている理由はきっとたくさんあるのだろうけれど、その中でも特に強い力を持つのは彼らが自分達の成してきたことを純粋無垢な心で受け入れていることじゃないだろうか。
硬く尖った目で自分や周囲を眺め、否定することで脱皮するエネルギーを得ていた若い時代を抜け、年月を経ていつの間にか手の内に残ったカードをどれもいとおしく思えるようになるまで、誤魔化すことも逃げることも経験しながら歩いてきた道を受け入れた人がたどり着く場所って、その包容力って、本人も予期せぬほどの大きさになるのじゃないだろうか。
ジョンが歌う「Just Older」は、そんな柔らかさを持つ。
ただ年を取っただけさと、さらりと歌うジョン・44歳。もう彼にとって年齢はただの記号なのだろう。否定するでもなく言い訳にするわけでもなく、ただそこに現実としてあるもの。
そんな風に生きている人が持つボーダーレスの魅力に触れることができて、昨日は本当に楽しかったなぁ。幸せだった。
ピンポンとベルが鳴って、タカが帰ってきた。
この時期にしては冷たすぎる風に吹かれて、自転車をこいで帰ってきた。
何となく、夢から覚めたような気持ちでタカを見た。お腹ペコペコな彼は荷物を置くとすぐ台所に立ち、グラタンと鶏肉のローストを作りにかかる。私も手伝い、程なく美味しそうな匂いが部屋中に漂ってきた。
今、私だけは信じている
タカの20年後を・・・・
************************
1.Last Man Standing
2.You Give Love a Bad Name
3.Captain Crash & the Beauty Queen from Mars
4.Runaway
5.The Radio Saved My Life Tonight
6.Just Older
7,I Want to Be Loved
8.Everyday
9.Born To Be My Baby
10.Story Of My Life
11.In These Arms
12.Welcome To Wherever You Are
13.Have A Nice Day
14.Livin’ On A Prayer
15.Bad Medicine
16.Raise Your Hands
【Richie’s Solo】
17.I’ll Be There For You
【Acaustic Time】
18.Always(Acoustic)
19.Someday I’ll Be Saturday Night(Acoustic)
20.Complicated
21.I’ll Sleep When I’m Dead
22.Keep The Faith
【Encore】
23.Wanted Dead Or Alive
24.It’s My Life
25.Who Says You Can’t Go Home?
************************
日曜日。
思ったほど天気は回復せず、曇り空に雨もパラパラ。
興奮し切った体をぐったりと横たえて眠った昨日、腹時計に苛まれて12時頃やっと起き出した。
タカ特製の焼きうどんを食べながら、休日の気だるさを味わう。だけど2人とも口を開けばボン・ジョビの話ばかり。しばらくは収まりそうにない。
そしてタカは4時間ほど仕事をしに、ラボへ。車で送ってあげたあと、私は気ままにフラッと買い物に出かけた。でも休日の道路は嫌になるくらい渋滞中・・・行きたかった古本屋を諦め、近くのスーパーで夜タカが作ってくれるグラタンの材料を揃えて、百均をチラッと覗いて早々に帰ってきた。
タカの家のドアを、合い鍵を使って開け中に入る。
・・・・ムフフフフフフフ。
カ・イ・カ・ン♪(←古い)
そして、勝手知ったるお勝手で好きなお茶を淹れ、タカが録画していた「ことの終わり」を見た。好きな映画だった。
またボン・ジョビの話だけど・・・
コンサートに来ていた人たちの、年齢層の厚さは見ものだった。
小学生あり、初老の男性あり。デビュー当時からのファンらしき人達も目立つし、10代・20代の人もたくさんいた。私達の隣に座っていた家族は、お母さんと娘さんが大ファンでお父さんはオマケで一緒についてきたっていう感じだった。
世の中には「ボーダー」と思われるものがいくつも存在する。
境界・さかい目。何かと何かを分けるもの。
それらを取っ払い、突き抜けてしまうものの強さやしなやかさに私は強く憧れてしまう。
ボン・ジョビが文字通り、国境も世代も越えて人々の心を惹きつけ続けている理由はきっとたくさんあるのだろうけれど、その中でも特に強い力を持つのは彼らが自分達の成してきたことを純粋無垢な心で受け入れていることじゃないだろうか。
硬く尖った目で自分や周囲を眺め、否定することで脱皮するエネルギーを得ていた若い時代を抜け、年月を経ていつの間にか手の内に残ったカードをどれもいとおしく思えるようになるまで、誤魔化すことも逃げることも経験しながら歩いてきた道を受け入れた人がたどり着く場所って、その包容力って、本人も予期せぬほどの大きさになるのじゃないだろうか。
ジョンが歌う「Just Older」は、そんな柔らかさを持つ。
ただ年を取っただけさと、さらりと歌うジョン・44歳。もう彼にとって年齢はただの記号なのだろう。否定するでもなく言い訳にするわけでもなく、ただそこに現実としてあるもの。
そんな風に生きている人が持つボーダーレスの魅力に触れることができて、昨日は本当に楽しかったなぁ。幸せだった。
ピンポンとベルが鳴って、タカが帰ってきた。
この時期にしては冷たすぎる風に吹かれて、自転車をこいで帰ってきた。
何となく、夢から覚めたような気持ちでタカを見た。お腹ペコペコな彼は荷物を置くとすぐ台所に立ち、グラタンと鶏肉のローストを作りにかかる。私も手伝い、程なく美味しそうな匂いが部屋中に漂ってきた。
今、私だけは信じている
タカの20年後を・・・・
ハヴ・ア・ナイス・デイ
2006年4月15日
行って来ました〜、ボン・ジョビのドームコンサート!!!!!
もう、感動の嵐だったよぉぉぉ!!
改めて惚れたぜ、年をかさねてますますカッコ良くなったジョン。ちょっと太ったけどやっぱり素敵だぜ、リッチー。
そして幸運にも席はアリーナ。タカの友達が会員だったお蔭で、18列目のど真ん中で見ることができた。オペラグラス無しでジョンの表情が判った。もちろん、ステージ中央に吊り下げられた巨大プラズマ画面でメンバー全員のアップも楽しめた。
オープニング、会場の照明が落ち「ラスト・マン・スタンディング」のイントロが流れてくると全身鳥肌が立った。
ステージにはジョン以外のメンバーが立っている。え?ジョンは?と見回すとアリーナの中央、スポットライトに照らされたお立ち台にギターを下げて仁王立ちになっているジョンの姿が浮かび上がってきた!
おおおおお〜っ! そうだジョン、君が「ラスト・マン」なんだよね!激動のロック界に君臨し続けてきた、本物のロッカーを見ろって言いたいんだねーーーーっ!
そして歌い終わった彼は通路をまっすぐに走って来た。すぐ側を、キレイな金髪が風のように一瞬で駆け抜けていった。タカはもう大興奮して通路側に駆け寄り、走って来たジョンの肩を触って喜んでいた。
それから立て続けに5曲ほど歌ってからMC。英語はそんなに得意じゃない私にも、すごくわかりやすい発音でひと言ひと言を噛み締めるように話していたジョン。その顔は子供のようにキラキラと輝いていた。
あっという間に過ぎた、2時間20分。叫び、歌い、手を叩き、振り上げ、体中で感じ続けた。
ボン・ジョビ。このバンドは、すごいよ。
20年以上もロックを歌い続け、しかもどんどん成長して磨きをかけてきたその実力は世界にそう類を見ない。顔つきなどは若い頃よりもずっとずっと今の方が素敵だ。色気とツヤが増したようにも思える歌声は、「リヴィン・オン・プレイヤー」のラストのキーが高すぎてもう歌えなくても、充分にファンを満足させてくれるクオリティーを保っていた。「ウェルカム・トゥ・ウェアエヴァー・ユー・アー」では思わず涙腺が緩んだほどだった。
帰り道、タカはすっかりジョンにやられていた。
「テハヌー、僕ジョンみたいになっていい?」
もちろん! 君ならできる、ジョンみたいな熱いオヤジになって世界をあっと言わせてやれ!
Shout though your heart!!
もう、感動の嵐だったよぉぉぉ!!
改めて惚れたぜ、年をかさねてますますカッコ良くなったジョン。ちょっと太ったけどやっぱり素敵だぜ、リッチー。
そして幸運にも席はアリーナ。タカの友達が会員だったお蔭で、18列目のど真ん中で見ることができた。オペラグラス無しでジョンの表情が判った。もちろん、ステージ中央に吊り下げられた巨大プラズマ画面でメンバー全員のアップも楽しめた。
オープニング、会場の照明が落ち「ラスト・マン・スタンディング」のイントロが流れてくると全身鳥肌が立った。
ステージにはジョン以外のメンバーが立っている。え?ジョンは?と見回すとアリーナの中央、スポットライトに照らされたお立ち台にギターを下げて仁王立ちになっているジョンの姿が浮かび上がってきた!
おおおおお〜っ! そうだジョン、君が「ラスト・マン」なんだよね!激動のロック界に君臨し続けてきた、本物のロッカーを見ろって言いたいんだねーーーーっ!
そして歌い終わった彼は通路をまっすぐに走って来た。すぐ側を、キレイな金髪が風のように一瞬で駆け抜けていった。タカはもう大興奮して通路側に駆け寄り、走って来たジョンの肩を触って喜んでいた。
それから立て続けに5曲ほど歌ってからMC。英語はそんなに得意じゃない私にも、すごくわかりやすい発音でひと言ひと言を噛み締めるように話していたジョン。その顔は子供のようにキラキラと輝いていた。
あっという間に過ぎた、2時間20分。叫び、歌い、手を叩き、振り上げ、体中で感じ続けた。
ボン・ジョビ。このバンドは、すごいよ。
20年以上もロックを歌い続け、しかもどんどん成長して磨きをかけてきたその実力は世界にそう類を見ない。顔つきなどは若い頃よりもずっとずっと今の方が素敵だ。色気とツヤが増したようにも思える歌声は、「リヴィン・オン・プレイヤー」のラストのキーが高すぎてもう歌えなくても、充分にファンを満足させてくれるクオリティーを保っていた。「ウェルカム・トゥ・ウェアエヴァー・ユー・アー」では思わず涙腺が緩んだほどだった。
帰り道、タカはすっかりジョンにやられていた。
「テハヌー、僕ジョンみたいになっていい?」
もちろん! 君ならできる、ジョンみたいな熱いオヤジになって世界をあっと言わせてやれ!
Shout though your heart!!
念願の!
2006年4月15日
「ごめん!、あと20分くらいかかるよ」
「許せん。もう今日こそは合鍵をもらう」
「ごーめんなさーーい」
「ダメダメ。もう決めた」
昨日、ご飯を作って仕事場までタカを迎えに行った時のメールでのやり取りだ。
今までこんな風に、タカの仕事が終わるのをひたすら待ったことが何度もあった。予定の時間を大幅に遅れても職場の近くに時間を潰せそうな場所は無く、車ならまだいいものの電車で行った時などはもうどうしようもなかった。それが真冬だった時などは、本気で帰ろうかと思ったくらいだった。
「合鍵が欲しい」と最初にタカに言ったのは、付き合い始めて半年たった頃だろうか。その頃はまだ、タカは自分のいない部屋に私(私だけでなく他人なら誰でも)がいることが嫌で、ちょっと出かける間の留守番すら渋々了解していたほどだった。
理由は、自分のテリトリーを他人に侵されたくないから、みたいなこと。自意識過剰というか人間不信というか、ある意味動物的な本能に近い感覚なのだろうと理解した私。
まあ判らなくもないので、何回か話してもお茶を濁して断り続ける彼にはそれ以上しつこく頼むことはしなかった。
だけど待ちぼうけで30分も40分も時間を無駄にすると、合鍵があったら先に帰って部屋を暖めて食事のしたくもしてあげられるのにと思い、何だかガックリと気持ちが萎えるものだ。
ましてや私が疲れ気味の時なんか、恐縮しながらやっと待ち合わせ場所に現れた彼に向かって素直に笑ってあげられなくなっちゃう。タカのつまらない(と私には思える)こだわりのせいで、どうしてこんなに辛い思いをしなきゃいけないのと、八つ当たりしてしまう。そして、そんな自分が情けなくて更に落ち込む悪循環。
それでも私は待った。
辛抱強く、彼の固いガードが緩むのを。彼に信用してもらえるのを。
そしてついに、時は来た! もう譲れない!!
昨日、車の中で待ちくたびれていると急な坂を走って登りながらやって来る彼の姿が見えた。私がよっぽど怒っていると思ったのかしら?フフフ、可愛いヤツ。
息を切らして「ゴメンね」と言いながらドアを開けた彼に「お疲れ様♪」と優しく声をかけた私。その笑顔を見て安心したようにタカは、遅くなった理由を一息に話し始めた。
「そうか〜、ご苦労様。タカの仕事は時間を読みにくいからね、仕方がないよね」
そしてゆっくりと決定事項を告げる。
「じゃあ明日、合鍵を作ってくるね。」
あの、食べる直前にアイスクリームを取り上げられた子供のような、困り切ったタカの顔が忘れられない。
「う〜ん、わかったよ。」
あっさりと負けを認めた彼は、合い鍵屋の場所を丁寧に教えてくれた。
やったーーーー!
むっちゃくちゃ、嬉しい〜!
「許せん。もう今日こそは合鍵をもらう」
「ごーめんなさーーい」
「ダメダメ。もう決めた」
昨日、ご飯を作って仕事場までタカを迎えに行った時のメールでのやり取りだ。
今までこんな風に、タカの仕事が終わるのをひたすら待ったことが何度もあった。予定の時間を大幅に遅れても職場の近くに時間を潰せそうな場所は無く、車ならまだいいものの電車で行った時などはもうどうしようもなかった。それが真冬だった時などは、本気で帰ろうかと思ったくらいだった。
「合鍵が欲しい」と最初にタカに言ったのは、付き合い始めて半年たった頃だろうか。その頃はまだ、タカは自分のいない部屋に私(私だけでなく他人なら誰でも)がいることが嫌で、ちょっと出かける間の留守番すら渋々了解していたほどだった。
理由は、自分のテリトリーを他人に侵されたくないから、みたいなこと。自意識過剰というか人間不信というか、ある意味動物的な本能に近い感覚なのだろうと理解した私。
まあ判らなくもないので、何回か話してもお茶を濁して断り続ける彼にはそれ以上しつこく頼むことはしなかった。
だけど待ちぼうけで30分も40分も時間を無駄にすると、合鍵があったら先に帰って部屋を暖めて食事のしたくもしてあげられるのにと思い、何だかガックリと気持ちが萎えるものだ。
ましてや私が疲れ気味の時なんか、恐縮しながらやっと待ち合わせ場所に現れた彼に向かって素直に笑ってあげられなくなっちゃう。タカのつまらない(と私には思える)こだわりのせいで、どうしてこんなに辛い思いをしなきゃいけないのと、八つ当たりしてしまう。そして、そんな自分が情けなくて更に落ち込む悪循環。
それでも私は待った。
辛抱強く、彼の固いガードが緩むのを。彼に信用してもらえるのを。
そしてついに、時は来た! もう譲れない!!
昨日、車の中で待ちくたびれていると急な坂を走って登りながらやって来る彼の姿が見えた。私がよっぽど怒っていると思ったのかしら?フフフ、可愛いヤツ。
息を切らして「ゴメンね」と言いながらドアを開けた彼に「お疲れ様♪」と優しく声をかけた私。その笑顔を見て安心したようにタカは、遅くなった理由を一息に話し始めた。
「そうか〜、ご苦労様。タカの仕事は時間を読みにくいからね、仕方がないよね」
そしてゆっくりと決定事項を告げる。
「じゃあ明日、合鍵を作ってくるね。」
あの、食べる直前にアイスクリームを取り上げられた子供のような、困り切ったタカの顔が忘れられない。
「う〜ん、わかったよ。」
あっさりと負けを認めた彼は、合い鍵屋の場所を丁寧に教えてくれた。
やったーーーー!
むっちゃくちゃ、嬉しい〜!
私の味
2006年4月14日
「今夜、ご飯作ってくれる?」
タカにそう頼まれるのは、とても嬉しい。
その律儀な信念の賜物でか、彼は高卒で故郷を離れ一人暮らしを始めてからずっと家事全般を1人できちんとこなしてきた。
料理などは大さじ小さじなどと分量を量ることは一切しないいわゆる「男の料理」だが、感心を通り越して悔しくなるくらい美味しく作る。
惚れた男にはあれこれと世話を焼きたくなる私は、何でも自分でできるタカに「お呼びじゃないよ」と無言の拒否を示されているような気分になることも度々だったっけ・・・。付き合い始めた頃、特にね。
だからタカに甘えたように何かを頼まれると、よっしゃ任せて!とばかりに心の中で腕まくりしちゃう。
そして今夜、彼のリクエストは炊き込みご飯としょうが焼きだった。それだけでは淋しいのでかぼちゃと厚揚げの煮物と卵ポテトサラダを作って、味噌汁のために蜆を砂抜きしてタッパに詰めた。
そして荷物を車に乗せ、通い慣れた国道を走る。BGMは当然ボン・ジョビだ♪
40分のドライブ中・・・
安全運転に気をつけながらも、気が付くと心の中ではタカを想っている。
喜んでくれるかな。(喜ぶに決まってるけど)
美味しいって言ってくれるかな。(美味しいに決まってるけど)
結局、タカの仕事が予定より少し遅くなり11時近くになってやっと食卓についた。
美味しいねと言い合うたびに小さく唇を重ねながら、全部キレイに平らげた。2人とも腹八分目はとっくに越えてしばらく動けないほど。こんな時間に食べ過ぎだ、2人とも体形維持に気を使っているのに。もし一緒に暮らしたりなんかしたらみるみるうちに太っちゃいそう!
和食の腕を、もっと磨こう。今回のかぼちゃの煮物はいつもの作り方をちょっと変えて、最初にお酒と水だけで下茹でをしてから味付けをした。煮崩れもなく短時間で味が沁みて美味しくできた。
お互い、忙しかった1週間をスッキリ流し去るこのひと時・・・・
2人の週末が始まる。
タカにそう頼まれるのは、とても嬉しい。
その律儀な信念の賜物でか、彼は高卒で故郷を離れ一人暮らしを始めてからずっと家事全般を1人できちんとこなしてきた。
料理などは大さじ小さじなどと分量を量ることは一切しないいわゆる「男の料理」だが、感心を通り越して悔しくなるくらい美味しく作る。
惚れた男にはあれこれと世話を焼きたくなる私は、何でも自分でできるタカに「お呼びじゃないよ」と無言の拒否を示されているような気分になることも度々だったっけ・・・。付き合い始めた頃、特にね。
だからタカに甘えたように何かを頼まれると、よっしゃ任せて!とばかりに心の中で腕まくりしちゃう。
そして今夜、彼のリクエストは炊き込みご飯としょうが焼きだった。それだけでは淋しいのでかぼちゃと厚揚げの煮物と卵ポテトサラダを作って、味噌汁のために蜆を砂抜きしてタッパに詰めた。
そして荷物を車に乗せ、通い慣れた国道を走る。BGMは当然ボン・ジョビだ♪
40分のドライブ中・・・
安全運転に気をつけながらも、気が付くと心の中ではタカを想っている。
喜んでくれるかな。(喜ぶに決まってるけど)
美味しいって言ってくれるかな。(美味しいに決まってるけど)
結局、タカの仕事が予定より少し遅くなり11時近くになってやっと食卓についた。
美味しいねと言い合うたびに小さく唇を重ねながら、全部キレイに平らげた。2人とも腹八分目はとっくに越えてしばらく動けないほど。こんな時間に食べ過ぎだ、2人とも体形維持に気を使っているのに。もし一緒に暮らしたりなんかしたらみるみるうちに太っちゃいそう!
和食の腕を、もっと磨こう。今回のかぼちゃの煮物はいつもの作り方をちょっと変えて、最初にお酒と水だけで下茹でをしてから味付けをした。煮崩れもなく短時間で味が沁みて美味しくできた。
お互い、忙しかった1週間をスッキリ流し去るこのひと時・・・・
2人の週末が始まる。
春とボン
2006年4月12日
真夜中の1時
部屋から聞こえるボン・ジョビの微かな歌声に耳を傾けながら、ベランダで洗濯物を干す
ああもう、春が来たんだなぁ・・・・としみじみ感じる
だって
冬の間は、吹く風と濡れそぼった洗濯物の冷たさに身をすくめながら、1秒でも早く部屋に入ろうと大急ぎで干していたから
住み慣れた街角の
しーんと静まり返った真夜中
私の足に引っかかっているサンダルの音が聞こえる
ボン・ジョビの甲高い叫び声もだ
いいな〜 春。
そして今度の土曜日は
タカとふたり、ボンの生歌を聴きに行くんだー!
部屋から聞こえるボン・ジョビの微かな歌声に耳を傾けながら、ベランダで洗濯物を干す
ああもう、春が来たんだなぁ・・・・としみじみ感じる
だって
冬の間は、吹く風と濡れそぼった洗濯物の冷たさに身をすくめながら、1秒でも早く部屋に入ろうと大急ぎで干していたから
住み慣れた街角の
しーんと静まり返った真夜中
私の足に引っかかっているサンダルの音が聞こえる
ボン・ジョビの甲高い叫び声もだ
いいな〜 春。
そして今度の土曜日は
タカとふたり、ボンの生歌を聴きに行くんだー!
キター!S・O・S!
2006年4月11日
一昨日くらいから、喉が痛い。
ああ〜ん風邪だわ、またしても。
ここんとこ実家に行くと必ず体調を崩しているようだ・・・
無理もない。
母と一緒にいてトイレや食事のちょっとした手助けをしたり、とりとめのないお喋りをしたりするのは全然苦にならない。むしろ少しでも長く母の側にいたくて仕方がない。
だけど、父や弟といると心が荒む。
母といる時のように心からリラックスして受け入れあうことができない。
これを何とかするにはどうすればいいのか、実はちゃんと判っているんだよね。
私の方から彼らを受け入れればいい。
わだかまりを捨て、菩薩のような心で常に相手を労わり優しい言葉をかければいい。「有難う」と「ごめんね」を素直に伝える、愛と感謝の実行。
とてもシンプルなことだ。家族なんだしそれくらいのことできないはずはない・・・・・がっ!
今の私には、太陽系の外に行くことよりも難しく思える。
だめだこりゃ。しばらくは、諦めよう。
そんなこんなでストレスはきっちり体に出る。というか、きっちり体に出る体質で良かった。人間は簡単に、心の声を頭で考えた理屈でねじ伏せてしまうからね。
さて今度の風邪は、幸いにもゆっくりと症状が出てきた。なので即、いつもの方法で初期治療を試みる。
喉の痛みには、緑茶でうがい。カテキンの強力な殺菌力で風邪退治だ〜!うがいの後は、痛みまでスーッと収まるから嬉しい。
あとはもう、ひたすら体を労わるのみ。
消化が良くて栄養価が高いものを食べる。ビタミンCもたくさん摂る。梅干・納豆・緑黄色野菜・かんきつ類なんかは欠かせない。普段から良く食べてるものだけど、弱ってる時は特に食べたくなる。
それから、とにかく体を暖める。
いつもよりずっと早く眠る。
・・・・
そうだそうだ。
こんなことしている場合ではない。
おやすみなさい
ああ〜ん風邪だわ、またしても。
ここんとこ実家に行くと必ず体調を崩しているようだ・・・
無理もない。
母と一緒にいてトイレや食事のちょっとした手助けをしたり、とりとめのないお喋りをしたりするのは全然苦にならない。むしろ少しでも長く母の側にいたくて仕方がない。
だけど、父や弟といると心が荒む。
母といる時のように心からリラックスして受け入れあうことができない。
これを何とかするにはどうすればいいのか、実はちゃんと判っているんだよね。
私の方から彼らを受け入れればいい。
わだかまりを捨て、菩薩のような心で常に相手を労わり優しい言葉をかければいい。「有難う」と「ごめんね」を素直に伝える、愛と感謝の実行。
とてもシンプルなことだ。家族なんだしそれくらいのことできないはずはない・・・・・がっ!
今の私には、太陽系の外に行くことよりも難しく思える。
だめだこりゃ。しばらくは、諦めよう。
そんなこんなでストレスはきっちり体に出る。というか、きっちり体に出る体質で良かった。人間は簡単に、心の声を頭で考えた理屈でねじ伏せてしまうからね。
さて今度の風邪は、幸いにもゆっくりと症状が出てきた。なので即、いつもの方法で初期治療を試みる。
喉の痛みには、緑茶でうがい。カテキンの強力な殺菌力で風邪退治だ〜!うがいの後は、痛みまでスーッと収まるから嬉しい。
あとはもう、ひたすら体を労わるのみ。
消化が良くて栄養価が高いものを食べる。ビタミンCもたくさん摂る。梅干・納豆・緑黄色野菜・かんきつ類なんかは欠かせない。普段から良く食べてるものだけど、弱ってる時は特に食べたくなる。
それから、とにかく体を暖める。
いつもよりずっと早く眠る。
・・・・
そうだそうだ。
こんなことしている場合ではない。
おやすみなさい
その涙は暖かい
2006年4月10日
はぁ〜〜 ただいま。我が家に戻ってきた。
お風呂から上がって身も心もサッパリ。好きなジャズを聴きながら日記を書くこのひと時が、嬉しいじゃあ〜りませんか。
さっき、家に帰ってくる途中のこと。
もう少しで日付も変わろうかという時間にやっと駅に着いた私は、深夜までやっている駅前のスーパーでパンと野菜ジュースを買って、さて帰ろうと歩き始めた。
すると遠くから、人の泣き声がする。
明らかに子供の声ではない。女の人が、わんわんと声を上げ号泣している。
薄暗い道の先に目を凝らしながら歩いて行くと、道端に大学生くらいの女の子が2人しゃがみ込んでいた。泣いていたのは、そのうちのひとりだった。
通りすがりに、2人の会話が聞こえた・・・
泣いてる子が、「私、私なんか、△☆○(聞き取れず)しなければ良かった」としゃくりあげる。
女友達はその丸い背中を抱きかかえるようにしながら、「そんなことない!そんなことないよ!」と励ます。
私はその横を、歩みを緩めることなく通り過ぎた。側にはだいぶ葉っぱが伸びてきた桜の木が、街灯に照らされてほの白くそよいでいた。
スーパーの袋を片手にぶら下げながら歩きつつ、私はとても懐かしい思いに囚われていた・・・
「ああ〜、私もやったなぁ〜・・・・」
そう、20代前半の頃。
私も同じように街角に座り込み、辺りをはばからず大声で泣いたことがある。理由はもう思い出せないけれど、やはり側には女友達が心配そうに寄り添ってくれていた。
また別の時には、困り果てた彼氏が立ちすくむそばで、声を上げて泣いたこともあった。小さな川にかかる橋の上、その横の国道ではひっきりなしに車が通り過ぎて行った。彼氏に、思いっきり頬を打たれたのであった。どうしてそうなったかは覚えていないが、どうせ私の我侭か根拠の無い言いがかりだろう。
くだんの彼女が、何故夜中に道端に座り込んで号泣しなければならなかったのか知る由もないけれど、確かにあるんだ、そうせずにはいられないって時が。
あんな風に、声を絞り出すように泣く時は、スコールが降る前の空のように、真っ黒い悲しみが体中に広がるのを自分でも感じていながら、どうやっても止められない。
胃の辺りが氷のように冷たくなり、心まで凍り付いてしまう。ついさっきまでみんなと楽しく笑っていた自分が、まるで他人事のように感じられ、膝の力が抜けてゆく。
心配してかけてくれる友達の言葉は、もはやそこまで冷え切った心を溶かすだけの力はない。むしろ北風のように吹き抜けてしまう。
だから、泣くしかないのだ。
子供のように声を上げ、体をふたつに折り曲げて苦しみながら、泣くしかない。
スーパーの袋片手に、彼女から遠ざかる私は心の中でエールを送っていた。
大丈夫。泣けばいいよ。
どんなに泣いても、消えてなくなることはないよ。
泣いて泣いて、泣き尽くしてから
心の深いところに
ぽっと火が灯るからね
それと、
女の子はなんだかんだ言っても大丈夫!強い強い!
ほんとに心配なのは号泣できない男の人。
そんな人全員に、このうっすーーーい胸を貸してあげたいと本気で思った、春の宵。
お風呂から上がって身も心もサッパリ。好きなジャズを聴きながら日記を書くこのひと時が、嬉しいじゃあ〜りませんか。
さっき、家に帰ってくる途中のこと。
もう少しで日付も変わろうかという時間にやっと駅に着いた私は、深夜までやっている駅前のスーパーでパンと野菜ジュースを買って、さて帰ろうと歩き始めた。
すると遠くから、人の泣き声がする。
明らかに子供の声ではない。女の人が、わんわんと声を上げ号泣している。
薄暗い道の先に目を凝らしながら歩いて行くと、道端に大学生くらいの女の子が2人しゃがみ込んでいた。泣いていたのは、そのうちのひとりだった。
通りすがりに、2人の会話が聞こえた・・・
泣いてる子が、「私、私なんか、△☆○(聞き取れず)しなければ良かった」としゃくりあげる。
女友達はその丸い背中を抱きかかえるようにしながら、「そんなことない!そんなことないよ!」と励ます。
私はその横を、歩みを緩めることなく通り過ぎた。側にはだいぶ葉っぱが伸びてきた桜の木が、街灯に照らされてほの白くそよいでいた。
スーパーの袋を片手にぶら下げながら歩きつつ、私はとても懐かしい思いに囚われていた・・・
「ああ〜、私もやったなぁ〜・・・・」
そう、20代前半の頃。
私も同じように街角に座り込み、辺りをはばからず大声で泣いたことがある。理由はもう思い出せないけれど、やはり側には女友達が心配そうに寄り添ってくれていた。
また別の時には、困り果てた彼氏が立ちすくむそばで、声を上げて泣いたこともあった。小さな川にかかる橋の上、その横の国道ではひっきりなしに車が通り過ぎて行った。彼氏に、思いっきり頬を打たれたのであった。どうしてそうなったかは覚えていないが、どうせ私の我侭か根拠の無い言いがかりだろう。
くだんの彼女が、何故夜中に道端に座り込んで号泣しなければならなかったのか知る由もないけれど、確かにあるんだ、そうせずにはいられないって時が。
あんな風に、声を絞り出すように泣く時は、スコールが降る前の空のように、真っ黒い悲しみが体中に広がるのを自分でも感じていながら、どうやっても止められない。
胃の辺りが氷のように冷たくなり、心まで凍り付いてしまう。ついさっきまでみんなと楽しく笑っていた自分が、まるで他人事のように感じられ、膝の力が抜けてゆく。
心配してかけてくれる友達の言葉は、もはやそこまで冷え切った心を溶かすだけの力はない。むしろ北風のように吹き抜けてしまう。
だから、泣くしかないのだ。
子供のように声を上げ、体をふたつに折り曲げて苦しみながら、泣くしかない。
スーパーの袋片手に、彼女から遠ざかる私は心の中でエールを送っていた。
大丈夫。泣けばいいよ。
どんなに泣いても、消えてなくなることはないよ。
泣いて泣いて、泣き尽くしてから
心の深いところに
ぽっと火が灯るからね
それと、
女の子はなんだかんだ言っても大丈夫!強い強い!
ほんとに心配なのは号泣できない男の人。
そんな人全員に、このうっすーーーい胸を貸してあげたいと本気で思った、春の宵。
プチ決意
2006年4月9日
とうとう、人を呪い殺したくなってきた・・・・・・
といふ訳ではなく。
ま、包丁立てですな。けれどもこれはちょっと・・・私は生理的に受け付けません。美味しい料理が作れなくなりそう。
美味しい料理と言えば。
昼間、ダラダラとテレビを見ていた。料理の対決番組。それに私の大嫌いな○木数子が出ていて、胸糞悪いからチャンネル変えよう変えようと思いつつ、結局最後まで見てしまった。
何故ならこの人、料理上手。
マスコミってものをハナっから信用していない私はすぐに、「食材なんてあらかじめ何が出るか知らされてるんでしょ。で、じっくり献立を考えて何度も練習してから本番にのぞんでるんだわ」と勘ぐってしまう。
そうかも知れない。そうじゃないかも知れない。
どちらにしろ、○木の料理を試食した審査員の全員が目を潤ませ「こんな美味いもの食ったことが無い」等々、手放しで絶賛。目の前でてきぱきと制限時間内で仕上げた料理が文句なしに美味しかったら、きっと誰もが感服するだろう。
そして、誰かがきっと言うであろうと思っていたあの言葉を、審査員(もちろん男)の1人がしみじみと呟いた。
「こんな美味しい料理を毎日作ってもらえたら・・・もうこんな幸せはないですね。惚れちゃいそうですよ。」
そうよねぇ。
女の私だって、そうかも。
タカを好きな理由は何?と聞かれたら、「料理が上手いから」って答えそう。色々あるうちのかなり上位に入っているもの。
世の男性諸氏が「料理がうまい女性が好き」と答える、無邪気にして実に的を得たその選択基準。テレビを見ていてしみじみと納得してしまった・・・・。
ついでに言うと、○木は大嫌いなんだけど時々その発言に共感することがある。今日も「頭の悪い女は料理が下手」と豪語していたが、一理ある。料理はセンスが問われるけれど、同じくらい頭を使う。無駄なく手早く美味しい料理を作るというのは、理論的な思考抜きには成功しない。
さて私はと言うと・・・・
料理の腕、これはもう鍛え直す余地ありありだ。
現段階ではタカに負けたと思うことだけは、避けたい。
彼は洋食、私は和食が得意なのでかぶっていないぶん楽だが、相手の土俵でいざ直接対決することになっても、慌てず騒がず自分流の美味しい一品を作れるようでありたい。
それってすんごく、かっこいいじゃない?
よし、やろう。
料理を研究し直そう。
でもあまりきっちりやろうとし過ぎて、自分を追い込み結局投げ出してしまったら意味が無いので、普段やっていることからコツコツとバリエーションを増やしていこう。う〜ん、何だか楽しくなってきた!
そう言えば、いつかどこかで読んだ恋愛指南的な本にこんなことが書いてあったっけ・・・・
「女性の皆さんは、男性というのは空きっ腹を美味しい手料理で満たしてくれる人にベタ惚れすると思っていらっしゃるでしょう。しかしそれは、間違いだったのです。男性が最も夢中になる女性に本当に求めているもの・・・それはお腹よりもあと十数センチ下にあったのです!」
なぁんだ。そっちなら自信あり!
そして更に進化中!(教科書はカーマスートラ)←おバカ
といふ訳ではなく。
ま、包丁立てですな。けれどもこれはちょっと・・・私は生理的に受け付けません。美味しい料理が作れなくなりそう。
美味しい料理と言えば。
昼間、ダラダラとテレビを見ていた。料理の対決番組。それに私の大嫌いな○木数子が出ていて、胸糞悪いからチャンネル変えよう変えようと思いつつ、結局最後まで見てしまった。
何故ならこの人、料理上手。
マスコミってものをハナっから信用していない私はすぐに、「食材なんてあらかじめ何が出るか知らされてるんでしょ。で、じっくり献立を考えて何度も練習してから本番にのぞんでるんだわ」と勘ぐってしまう。
そうかも知れない。そうじゃないかも知れない。
どちらにしろ、○木の料理を試食した審査員の全員が目を潤ませ「こんな美味いもの食ったことが無い」等々、手放しで絶賛。目の前でてきぱきと制限時間内で仕上げた料理が文句なしに美味しかったら、きっと誰もが感服するだろう。
そして、誰かがきっと言うであろうと思っていたあの言葉を、審査員(もちろん男)の1人がしみじみと呟いた。
「こんな美味しい料理を毎日作ってもらえたら・・・もうこんな幸せはないですね。惚れちゃいそうですよ。」
そうよねぇ。
女の私だって、そうかも。
タカを好きな理由は何?と聞かれたら、「料理が上手いから」って答えそう。色々あるうちのかなり上位に入っているもの。
世の男性諸氏が「料理がうまい女性が好き」と答える、無邪気にして実に的を得たその選択基準。テレビを見ていてしみじみと納得してしまった・・・・。
ついでに言うと、○木は大嫌いなんだけど時々その発言に共感することがある。今日も「頭の悪い女は料理が下手」と豪語していたが、一理ある。料理はセンスが問われるけれど、同じくらい頭を使う。無駄なく手早く美味しい料理を作るというのは、理論的な思考抜きには成功しない。
さて私はと言うと・・・・
料理の腕、これはもう鍛え直す余地ありありだ。
現段階ではタカに負けたと思うことだけは、避けたい。
彼は洋食、私は和食が得意なのでかぶっていないぶん楽だが、相手の土俵でいざ直接対決することになっても、慌てず騒がず自分流の美味しい一品を作れるようでありたい。
それってすんごく、かっこいいじゃない?
よし、やろう。
料理を研究し直そう。
でもあまりきっちりやろうとし過ぎて、自分を追い込み結局投げ出してしまったら意味が無いので、普段やっていることからコツコツとバリエーションを増やしていこう。う〜ん、何だか楽しくなってきた!
そう言えば、いつかどこかで読んだ恋愛指南的な本にこんなことが書いてあったっけ・・・・
「女性の皆さんは、男性というのは空きっ腹を美味しい手料理で満たしてくれる人にベタ惚れすると思っていらっしゃるでしょう。しかしそれは、間違いだったのです。男性が最も夢中になる女性に本当に求めているもの・・・それはお腹よりもあと十数センチ下にあったのです!」
なぁんだ。そっちなら自信あり!
そして更に進化中!(教科書はカーマスートラ)←おバカ
チクチクチク・・・
2006年4月8日
昨日から実家に来ている。
それに合わせてリハビリ&療養入院している母の外泊許可を取り、明日の夜まで家で過ごせるようにした。弟も来て、今夜は久しぶりに4人揃って食卓を囲んだ。
当たり前だが、母はとても嬉しそう。誰に気兼ねすることも無く、好きな時にしたいことができる。とは言え、病院のベッドと違って実家では畳に布団を敷いて寝るから、そこから自力で立ち上がるのは筋力が落ち硬くなった膝に痛みがある母にとっては極めて困難だった。
今日も明日も、必ず誰かが一緒にいてあげられるので問題は無いが、さっそくベッドの購入を前向きに進めることにした。
トイレとお風呂には手すりが着いたし、とにかく家の中の環境を母が暮らしやすいように整えて、1日でも早く退院させてあげたい。それにはデイサービスの依頼や叔母の協力を仰ぐことも欠かせない。リハビリと、定期的に通う病院も決めなければ。
父も弟も私も、とにかく母の喜ぶ顔が見られるためにはどんな努力も惜しまない。ただそのやり方に微妙なズレが出てくると、ややこしいことになる・・・。
今までだって、3人で話し合って何度喧嘩になったことか。喧嘩といってもいつも父が1人でキレて怒鳴り散らし、話し合い不可能な状態に陥ってこりゃだめだって不貞寝するパターン。
父は私の物の言い方が気に入らず、弟も虫の居所が悪いときは妙にツンケンした態度を取るし、どうしてうちの男2人はいつまでも精神的に大人になれないのか。煮ても焼いても食えないようなつまらない自尊心に振り回され、己の正当性や有能さを無駄にアピールするのはよしてくれ。迷惑だから。
家族ってのは、ハリネズミの巣なのさ。
もし追い詰められて体中のハリを逆立てた時、隣にいる人を無闇に傷つけないように距離を取っておく、またはハリの立て具合を制御するのが成熟した家庭。実際のハリネズミも、コミュニティの仲間とは一定の距離を置いて暮らすらしい。
うちは、まぁ、今に始まったことじゃあなくて、思い返せば30年はハリの刺し合いをしてたようなもんかもしれない。最悪だった頃は、よく死人が出なったもんだと関心するほど荒れてた。修羅場ラバ、バンバ〜〜ってくらい。
けどその反作用で、結束力は強いかな。仲が良い時はもう絵に描いたような幸せ家族状態だし。良くも悪くも、家族に対する思い入れが濃いんだろうな。
恐るべし、血縁。
けど私は・・・
母にかけた苦労を少しでも返せるように、必要ならば心をも殺して何でもやるという決意を固めつつ、これからは今まで以上に・・・
あらゆるものに囚われずにいよう
それに合わせてリハビリ&療養入院している母の外泊許可を取り、明日の夜まで家で過ごせるようにした。弟も来て、今夜は久しぶりに4人揃って食卓を囲んだ。
当たり前だが、母はとても嬉しそう。誰に気兼ねすることも無く、好きな時にしたいことができる。とは言え、病院のベッドと違って実家では畳に布団を敷いて寝るから、そこから自力で立ち上がるのは筋力が落ち硬くなった膝に痛みがある母にとっては極めて困難だった。
今日も明日も、必ず誰かが一緒にいてあげられるので問題は無いが、さっそくベッドの購入を前向きに進めることにした。
トイレとお風呂には手すりが着いたし、とにかく家の中の環境を母が暮らしやすいように整えて、1日でも早く退院させてあげたい。それにはデイサービスの依頼や叔母の協力を仰ぐことも欠かせない。リハビリと、定期的に通う病院も決めなければ。
父も弟も私も、とにかく母の喜ぶ顔が見られるためにはどんな努力も惜しまない。ただそのやり方に微妙なズレが出てくると、ややこしいことになる・・・。
今までだって、3人で話し合って何度喧嘩になったことか。喧嘩といってもいつも父が1人でキレて怒鳴り散らし、話し合い不可能な状態に陥ってこりゃだめだって不貞寝するパターン。
父は私の物の言い方が気に入らず、弟も虫の居所が悪いときは妙にツンケンした態度を取るし、どうしてうちの男2人はいつまでも精神的に大人になれないのか。煮ても焼いても食えないようなつまらない自尊心に振り回され、己の正当性や有能さを無駄にアピールするのはよしてくれ。迷惑だから。
家族ってのは、ハリネズミの巣なのさ。
もし追い詰められて体中のハリを逆立てた時、隣にいる人を無闇に傷つけないように距離を取っておく、またはハリの立て具合を制御するのが成熟した家庭。実際のハリネズミも、コミュニティの仲間とは一定の距離を置いて暮らすらしい。
うちは、まぁ、今に始まったことじゃあなくて、思い返せば30年はハリの刺し合いをしてたようなもんかもしれない。最悪だった頃は、よく死人が出なったもんだと関心するほど荒れてた。修羅場ラバ、バンバ〜〜ってくらい。
けどその反作用で、結束力は強いかな。仲が良い時はもう絵に描いたような幸せ家族状態だし。良くも悪くも、家族に対する思い入れが濃いんだろうな。
恐るべし、血縁。
けど私は・・・
母にかけた苦労を少しでも返せるように、必要ならば心をも殺して何でもやるという決意を固めつつ、これからは今まで以上に・・・
あらゆるものに囚われずにいよう
どうしようもなく、感じる!
2006年4月5日
友達のマルが、もう1年以上も和太鼓を習っている。
それを聞いて私のハートがピクッ!
「いいなぁ・・・和太鼓、私もやってみたい」
「それじゃあ、体験レッスンしてみる?」
と言うことで行って来ました、和太鼓体験!
先生は和太鼓の団体に所属するプロで、数種類の和太鼓を自在に操るスゴ腕。いくつもの講座を持ちたくさんの生徒を抱えつつ自分で作曲もするという若干25歳の青年だった。
和太鼓が似合う精悍な顔つきと、半袖のTシャツから伸びた逞しい二の腕・・・。よしよし、合格〜!
参加者は22名くらいだったかな。簡単な柔軟体操をしたあとそれぞれバチを持ち、2グループに分かれて交代で長胴(写真のような和太鼓)を打った。
全員が全くの初心者なので、まずは単純に、まっすぐ振り上げたバチを太鼓に打ちつけるだけの動作から。右手だけ、次は左手だけと交互にやったあと両手でゆっくり、その次は少しテンポを上げて・・・とレベルを上げていく。
体験レッスンのせいか、先生は打ち方についてあまり多くを語らなかったけれど、お手本を見れば大事なことはすぐわかる。
ピンと張った皮には、ただむやみに力づくでバチを落としても澄んだ音が出ない。腕だけではなく、全身を使って音を響かせなければ無理だとすぐ気付いた。
コツは様々あれど、やっぱり大切なのは構えでしょう。
太鼓の前に大きく足を広げて立つ。左足が少し前。
膝を軽く緩め、背筋を伸ばし腰を据える。
打つ時には1回1回腰を落とす。この時に上半身はなるべくリラックスさせ、腕の力だけに頼らない。
打ったあとのバチは前方に弧を描くように振り抜き、バチと腕が一直線になるよう振り上げていく。
1時間の講習の最後には、全員が同じリズムを刻みながら先生が締太鼓で拍子を取り、まるで祭りのようなメロディが出来上がった。1人ずつ順番に打つパートも入れられ、緊張したけれど憧れの「太鼓打ち」気分をちょっとだけ味わうことができた。
和太鼓・・・
やっぱり思っていた通り、好きだった。
いやもう、ハマッてしまったかも知れない。
子供の頃、おばあちゃんに連れられて行った夏祭り。やぐらの上にねじり鉢巻を締めはっぴにふんどしといういなせな姿で和太鼓を打つ男衆を、熱いまなざしで飽きることなく見ていたおばあちゃん・・・。その気持ちが手に取るように判る私は、完璧にその遺伝子を受け継いだようだ。
空気を震わせて伝わってくるあの響きは、腹から入り全身を駆け抜けてゆく。
ああもっと、頭の中が真っ白になるほど叩き続けてみたい!
ふと気付くと・・・
二の腕が、すでに筋肉痛でプルプル。
よーし、鍛え直すか!
それを聞いて私のハートがピクッ!
「いいなぁ・・・和太鼓、私もやってみたい」
「それじゃあ、体験レッスンしてみる?」
と言うことで行って来ました、和太鼓体験!
先生は和太鼓の団体に所属するプロで、数種類の和太鼓を自在に操るスゴ腕。いくつもの講座を持ちたくさんの生徒を抱えつつ自分で作曲もするという若干25歳の青年だった。
和太鼓が似合う精悍な顔つきと、半袖のTシャツから伸びた逞しい二の腕・・・。よしよし、合格〜!
参加者は22名くらいだったかな。簡単な柔軟体操をしたあとそれぞれバチを持ち、2グループに分かれて交代で長胴(写真のような和太鼓)を打った。
全員が全くの初心者なので、まずは単純に、まっすぐ振り上げたバチを太鼓に打ちつけるだけの動作から。右手だけ、次は左手だけと交互にやったあと両手でゆっくり、その次は少しテンポを上げて・・・とレベルを上げていく。
体験レッスンのせいか、先生は打ち方についてあまり多くを語らなかったけれど、お手本を見れば大事なことはすぐわかる。
ピンと張った皮には、ただむやみに力づくでバチを落としても澄んだ音が出ない。腕だけではなく、全身を使って音を響かせなければ無理だとすぐ気付いた。
コツは様々あれど、やっぱり大切なのは構えでしょう。
太鼓の前に大きく足を広げて立つ。左足が少し前。
膝を軽く緩め、背筋を伸ばし腰を据える。
打つ時には1回1回腰を落とす。この時に上半身はなるべくリラックスさせ、腕の力だけに頼らない。
打ったあとのバチは前方に弧を描くように振り抜き、バチと腕が一直線になるよう振り上げていく。
1時間の講習の最後には、全員が同じリズムを刻みながら先生が締太鼓で拍子を取り、まるで祭りのようなメロディが出来上がった。1人ずつ順番に打つパートも入れられ、緊張したけれど憧れの「太鼓打ち」気分をちょっとだけ味わうことができた。
和太鼓・・・
やっぱり思っていた通り、好きだった。
いやもう、ハマッてしまったかも知れない。
子供の頃、おばあちゃんに連れられて行った夏祭り。やぐらの上にねじり鉢巻を締めはっぴにふんどしといういなせな姿で和太鼓を打つ男衆を、熱いまなざしで飽きることなく見ていたおばあちゃん・・・。その気持ちが手に取るように判る私は、完璧にその遺伝子を受け継いだようだ。
空気を震わせて伝わってくるあの響きは、腹から入り全身を駆け抜けてゆく。
ああもっと、頭の中が真っ白になるほど叩き続けてみたい!
ふと気付くと・・・
二の腕が、すでに筋肉痛でプルプル。
よーし、鍛え直すか!
和歌山プチ旅行〜その2
2006年4月3日
コーフン覚めやらぬ2日目の朝。
寝不足のままヨレヨレと布団から体を起こし、何とか10時のチェックアウトに間に合うように身支度を整えた。「望遠鏡を貸すから一晩中でも星見てていいよ」ってサービスがあるなら、せめてチェックアウトを12時にしてくれないかしら。いや、11時でもいいから。
外はうす曇。ひと晩だけ待ってやったんだぞとでも言いたげに、灰白色の雲が空中を覆い尽くしていた。
外に出てみると、芝が敷き詰められた小高い丘に長い滑り台やブランコなどがあることが判った。草すべりようの斜面もあってソリも貸してくれる。少し離れた建物はリス園だ。
何しろ前日は着いたのが夜だったから何にも見えなかった。さっそく記念撮影をする。
そうこうしているうちに、朝も早よから近所の家族達が遊びにやってきた。11時からプラネタリウムも始まるし、リス園では中に入って餌やりもさせてくれるらしい。
実はタカ、このリスをとっても楽しみにしていた。出発前から「テハヌー、リスに餌やれるんだって!」とニコニコ。小動物好き(臭くないのに限る)。
そしていよいよ、子供達に混じって100円を払いリスの餌(もちろんひまわりのタネ!)が入った皿を手に、リス舎(?)の中へ。係りの人がドアを開けたとたん、お腹を空かせた台湾リス(茶色混じりのグレー、体長約20センチ。写真参照)が20匹ほど、バラバラと近づいてきた。
餌の皿を持ってしゃがんでいると、組んだ丸太の影からつぶらな瞳のリス達がすばやくやって来る。後ろ足で立ち上がって膝に前足を乗せたり、慣れてくるとそのまま足を伝って登ってくるほど人間を恐がらないリス。その食欲はとどまる所を知らなかった。
ひまわりのタネを一粒ずつ、手のひらに乗せたり指でつまんだりしていると近づいて来たリスが目にも止まらぬ速さで奪い取り、よくアニメで見るような、後ろ足で立って両手で餌を挟みコリコリッと食べるしぐさを見せてくれる。そう、ちょうどこの写真のポーズ。餌を取ろうと立ち上がった時に、ちょっと意地悪して少し遠ざけると立ったまま両手をフリフリするんだけど、その動作が「チョウダイ、チョウダイ」って言ってるように見えて・・・
これがまた・・・
むっちゃくちゃ、かーわーいーいーーーー!!!
気付けばその数はわらわらと増え、両足の膝に1匹ずつが座り、腕や肩にも乗ってきたりする。その小さな体がひっきりなしに移動するたび、見た目よりもずっと軽い体重に驚く。ふと横を見ると、5匹のリスにまとわり着かれているタカはさながら「アラブのリス使い」みたいで笑った。
たっぷり30分はリスと遊び、まだ物足りなかったけれど餌が無くなっちゃったので渋々外に出た。タカは後ろ髪を引かれつつ、「リス・・・欲しい」とつぶやいている。
さてそれから、天文台を後にして一路和歌山マリーナシティへ。お昼時なので黒潮市場で美味しいものを食べ、和歌山土産を買うことにした。
着いてみると、黒潮市場は大混雑。店内で新鮮なの魚介類を買い、バーベキューコーナーで好きなだけ焼いて食べられることになっているんだけど、人でごった返しているし具材がどれもこれも高くてすっかりトーンダウン。美味しいのかも知れないけれど、これって・・・地元の人は絶対来ないんじゃないだろうか。
それでもお腹が空いてたまらなかったので、その場しのぎにネギトロ丼を食べた。肝心のネギトロは・・・たぶん出来合いを解凍してる。旨味、無し。タカと2人でぼそぼそ文句を言いつつ完食。
気を取り直して、別の建物にある和歌山の産直物産店へ。ここで湯浅醤油と梅干を買った。梅干は、試食したらとっても美味しかった。醤油は樽で2年寝かせた本格派と、ダシ醤油の2つ。これを使って美味しい料理を作るのが楽しみだ!
さてそれから、ネギトロ丼に納得がいかなかった私達は口直しにもう1回和歌山ラーメンを食べることに。数ある名店の中から厳選した今度の所は、あっさりスープの醤油味。昔ながらの中華そばって感じで美味しかったけれど、クセのある昨日のお店の方が好き。人間でもそうだけど、クセっていうのは一度受け入れて慣れてしまうと病みつきになるものだ・・・。
そして、やっぱり温泉は外せないということで、ガイドブックに載っていた山間の村にある立ち寄り温泉へ行ってみた。
しかしこれがなかなか大変なことに。
ちょっとばかりケチッて、ナビが示す有料道路を避けて行ったのが悪かった。山越えの険しく細い道を延々と走ることになり、そんな運転に慣れていない私は緊張しっぱなしで疲れた。今思えば、とにかく事故が無かっただけで充分だと思えるほど、スリル満天だった・・・。
まぁ、そんな中にも小さな喜びはあった。山里の穏やかな景色や山桜の見事さに思わず車を停めたり、道端にある無人販売所で取れたてのみかん20個ほどを100円で買ったり。
そして、やっとの思いで着いた立ち寄り温泉は今日リニューアルオープンしたばかりだった。入り口で紅白餅を配られ、タオルは記念サービスで無料。ちょっと得した気分。
でも、お風呂は都会にも良くあるスーパー銭湯と同じだった。ただ、ヒノキと岩の露天風呂は気持ちよかった・・・お湯は透明でとろみがあり、肌に柔らかかった。
お風呂から上がると、もうすっかり日が暮れていた。
これでもう和歌山は堪能したねとタカと納得。早めに帰って私の家でたこ焼きでもしようということに。
それから予定では2時間ほどで帰れるつもりだったのが、またしても真っ暗な山道でてこずり、高速に乗ってからはナビが原因不明の故障をきたしてずっと手前の出口で下ろされてしまい、一般道を延々とひた走りやっとの思いで我が家に帰り着いた。それが、何と、11時過ぎ・・・・何でこうなるのっ?
色々と予定外のアクシデントがあったけど、こんな時タカは助手席であまり慌てないし文句も言わないから本当に助かる。困難な状況にどう対処するかってことが、その人と長く一緒にいられるかどうかの決め手になるよね。
ともあれ、真夜中のたこ焼きパーティーをして今回の和歌山旅行はお開きになった。
今度は、ゆっくりと電車の旅もいいな。
タカとなら、色んな所に行って色んな体験をしてみたい。
それが何であれ楽しい経験になりそうだから。
そんな風に、私もタカに思ってもらえたら嬉しいな。
寝不足のままヨレヨレと布団から体を起こし、何とか10時のチェックアウトに間に合うように身支度を整えた。「望遠鏡を貸すから一晩中でも星見てていいよ」ってサービスがあるなら、せめてチェックアウトを12時にしてくれないかしら。いや、11時でもいいから。
外はうす曇。ひと晩だけ待ってやったんだぞとでも言いたげに、灰白色の雲が空中を覆い尽くしていた。
外に出てみると、芝が敷き詰められた小高い丘に長い滑り台やブランコなどがあることが判った。草すべりようの斜面もあってソリも貸してくれる。少し離れた建物はリス園だ。
何しろ前日は着いたのが夜だったから何にも見えなかった。さっそく記念撮影をする。
そうこうしているうちに、朝も早よから近所の家族達が遊びにやってきた。11時からプラネタリウムも始まるし、リス園では中に入って餌やりもさせてくれるらしい。
実はタカ、このリスをとっても楽しみにしていた。出発前から「テハヌー、リスに餌やれるんだって!」とニコニコ。小動物好き(臭くないのに限る)。
そしていよいよ、子供達に混じって100円を払いリスの餌(もちろんひまわりのタネ!)が入った皿を手に、リス舎(?)の中へ。係りの人がドアを開けたとたん、お腹を空かせた台湾リス(茶色混じりのグレー、体長約20センチ。写真参照)が20匹ほど、バラバラと近づいてきた。
餌の皿を持ってしゃがんでいると、組んだ丸太の影からつぶらな瞳のリス達がすばやくやって来る。後ろ足で立ち上がって膝に前足を乗せたり、慣れてくるとそのまま足を伝って登ってくるほど人間を恐がらないリス。その食欲はとどまる所を知らなかった。
ひまわりのタネを一粒ずつ、手のひらに乗せたり指でつまんだりしていると近づいて来たリスが目にも止まらぬ速さで奪い取り、よくアニメで見るような、後ろ足で立って両手で餌を挟みコリコリッと食べるしぐさを見せてくれる。そう、ちょうどこの写真のポーズ。餌を取ろうと立ち上がった時に、ちょっと意地悪して少し遠ざけると立ったまま両手をフリフリするんだけど、その動作が「チョウダイ、チョウダイ」って言ってるように見えて・・・
これがまた・・・
むっちゃくちゃ、かーわーいーいーーーー!!!
気付けばその数はわらわらと増え、両足の膝に1匹ずつが座り、腕や肩にも乗ってきたりする。その小さな体がひっきりなしに移動するたび、見た目よりもずっと軽い体重に驚く。ふと横を見ると、5匹のリスにまとわり着かれているタカはさながら「アラブのリス使い」みたいで笑った。
たっぷり30分はリスと遊び、まだ物足りなかったけれど餌が無くなっちゃったので渋々外に出た。タカは後ろ髪を引かれつつ、「リス・・・欲しい」とつぶやいている。
さてそれから、天文台を後にして一路和歌山マリーナシティへ。お昼時なので黒潮市場で美味しいものを食べ、和歌山土産を買うことにした。
着いてみると、黒潮市場は大混雑。店内で新鮮なの魚介類を買い、バーベキューコーナーで好きなだけ焼いて食べられることになっているんだけど、人でごった返しているし具材がどれもこれも高くてすっかりトーンダウン。美味しいのかも知れないけれど、これって・・・地元の人は絶対来ないんじゃないだろうか。
それでもお腹が空いてたまらなかったので、その場しのぎにネギトロ丼を食べた。肝心のネギトロは・・・たぶん出来合いを解凍してる。旨味、無し。タカと2人でぼそぼそ文句を言いつつ完食。
気を取り直して、別の建物にある和歌山の産直物産店へ。ここで湯浅醤油と梅干を買った。梅干は、試食したらとっても美味しかった。醤油は樽で2年寝かせた本格派と、ダシ醤油の2つ。これを使って美味しい料理を作るのが楽しみだ!
さてそれから、ネギトロ丼に納得がいかなかった私達は口直しにもう1回和歌山ラーメンを食べることに。数ある名店の中から厳選した今度の所は、あっさりスープの醤油味。昔ながらの中華そばって感じで美味しかったけれど、クセのある昨日のお店の方が好き。人間でもそうだけど、クセっていうのは一度受け入れて慣れてしまうと病みつきになるものだ・・・。
そして、やっぱり温泉は外せないということで、ガイドブックに載っていた山間の村にある立ち寄り温泉へ行ってみた。
しかしこれがなかなか大変なことに。
ちょっとばかりケチッて、ナビが示す有料道路を避けて行ったのが悪かった。山越えの険しく細い道を延々と走ることになり、そんな運転に慣れていない私は緊張しっぱなしで疲れた。今思えば、とにかく事故が無かっただけで充分だと思えるほど、スリル満天だった・・・。
まぁ、そんな中にも小さな喜びはあった。山里の穏やかな景色や山桜の見事さに思わず車を停めたり、道端にある無人販売所で取れたてのみかん20個ほどを100円で買ったり。
そして、やっとの思いで着いた立ち寄り温泉は今日リニューアルオープンしたばかりだった。入り口で紅白餅を配られ、タオルは記念サービスで無料。ちょっと得した気分。
でも、お風呂は都会にも良くあるスーパー銭湯と同じだった。ただ、ヒノキと岩の露天風呂は気持ちよかった・・・お湯は透明でとろみがあり、肌に柔らかかった。
お風呂から上がると、もうすっかり日が暮れていた。
これでもう和歌山は堪能したねとタカと納得。早めに帰って私の家でたこ焼きでもしようということに。
それから予定では2時間ほどで帰れるつもりだったのが、またしても真っ暗な山道でてこずり、高速に乗ってからはナビが原因不明の故障をきたしてずっと手前の出口で下ろされてしまい、一般道を延々とひた走りやっとの思いで我が家に帰り着いた。それが、何と、11時過ぎ・・・・何でこうなるのっ?
色々と予定外のアクシデントがあったけど、こんな時タカは助手席であまり慌てないし文句も言わないから本当に助かる。困難な状況にどう対処するかってことが、その人と長く一緒にいられるかどうかの決め手になるよね。
ともあれ、真夜中のたこ焼きパーティーをして今回の和歌山旅行はお開きになった。
今度は、ゆっくりと電車の旅もいいな。
タカとなら、色んな所に行って色んな体験をしてみたい。
それが何であれ楽しい経験になりそうだから。
そんな風に、私もタカに思ってもらえたら嬉しいな。
和歌山プチ旅行〜その1
2006年4月2日
4月か・・・。地元では桜のつぼみがまだまだ固い。というか、ここ数年は開花が昔に比べて早まっているから、以前のペースということか。やっぱり入学式とか新学期というものには桜が似合う。
さて!
31日から1泊2日で行って来ました、和歌山天文台ツアー!
初日、タカの家から車で出発。片道およそ120キロのドライブ。タカはペーパードライバーのため運転は私だけ、途中で休憩しながら高速道路を突っ走り、渋滞に巻き込まれること無くスイスーイと2時間ほどで和歌山市内に到着。
遅いお昼ご飯に和歌山ラーメンを食べようと言うことで、車の中で決めていた「和歌山ラーメンブームの火付け役となった」と言う、老舗のお店に向かった。
10畳くらいの小さな店内に昔ながらを感じさせる年季の入ったテーブルや椅子にが所狭しと並んでいる。そしてもう2時過ぎだというのにお客さんがひしめいていた。5分ほど待って、カウンターの席にちんまりと並んで座る。
ラーメンが来るまで、テーブルに置かれた「早や鮨」(鯖の押し寿司)を食べて待つ。和歌山ラーメンのお店ではこうしてお寿司やゆで卵が並べてあるお店が多く、会計の時に食べた分を自己申請してお金を払うシステムになっている。味は、まあ普通だった。タカはちょっと苦手だったらしく、ひと口で辞退。
さて肝心のラーメンは、とっても美味しかった!好きな味。醤油ラーメンなんだけど、とんこつからしっかりダシを取ってありその臭みがクセになる美味しさ。今まで食べたことのない味だった。ストレート麺はやわらかめで、私は好きだったけれどタカは次に来たら固めにしてもらうと言っていた。でも、味には大満足。
それから、すぐ近くにある和歌山城へ。
天気は上々、青空が広がって気持ちがいい。けれど風は少し冷たくて、城内の桜は5分咲きからほぼ満開まで様々といった感じ。お城をバックに咲き誇る桜の写真を撮った。
それにしても、和歌山市内の道はとても混雑していてお城を見るにも駐車場は行列。ナビがあったから道に迷うことはなかったけれど意外と時間を取られてしまった。日本庭園を眺めたり、侘び寂びの情緒漂うお茶室で抹茶を頂いたりしてから、天守閣に登って展示品を眺めたり写真を撮ったりしているうちに気付けばもう夕方だった。小腹が空いたからもう1軒和歌山ラーメンのハシゴを・・・なんて言ってたけど、メインイベントでもある天文台での7時からの観望会に間に合わなくなりそうになり、慌てて車に乗り込んだ。
市内から約1時間、山間の小さな町を抜け更に奥深くまで車を走らせる。夕陽はどんどん傾き、雲ひとつない青空が夕闇に溶け始めた頃、その天文台は見えてきた。途中、街灯が全く無い山道を登り続け着いたのは6時半頃、危ないとこだった。宿泊施設もあるその天文台に転がり込むようにチェックイン。フロントの人に「お待ちしていました」と言われ、それがすごく実感がこもっていて気恥ずかしかった。ロビーにはすでに観望会に参加する家族が集まっていて、楽しそうに談笑している。
さっそく部屋に案内してもらうと、そこは10畳ほどもある和室。洗面所とトイレ付きでお風呂は大浴場のみ、東側にベランダ南側にテラスがあり、南のテラスには望遠鏡をセットする用具が備え付けてある。ここは別料金(1500円前後)で望遠鏡を借りることができ、その気になれば一晩中でも星を眺めることができるようになっているのだ〜!
部屋の中は清潔で設備もきれい、これで1人4700円(素泊まり)は安いぞ!そして何と・・・この日、泊り客は私達2人だけだった・・・思いがけず、貸切り。
さて、荷物を置きお茶を飲んで一息ついてから、観望会へいざ出発!春とはいえ山の上はまだまだ寒く、手袋をし毛糸の帽子をかぶって真冬の装備だ。丸いドームの天文台は宿泊施設のすぐ裏にあり、もうすっかり日が暮れて真っ暗になった細道を、職員の方に連れられ他の参加者達と一緒にゆっくりと登っていく。ここでも街灯などは一切無くて、職員が持つ小さな懐中電灯の灯りだけが頼りだ。それでも目が慣れてくると、ぼうっと道や建物や人影の濃淡がわかってきた。
そして、見上げる夜空には既にオリオンも北斗七星も煌いている。星の観測にはこれ以上無いと思えるほど、一片の雲も無く空気は澄み切っていた。ああ神様、心から感謝します!
天文台の中に入るとそこには、巨大な望遠鏡がひっそりと出番を待っていた。赤い非常灯だけが点いている部屋の壁に沿って順番に座り、職員さんの説明をしばらく聞いてからいよいよ星を見ることになった。
この日見たのは、全部で5つ。
<シリウス>
青く輝く1等星。眩しいほど輝いて、他の星と比べて圧倒的に明るく大きく見えた。レンズを通して見る宇宙の星はこれが始めてで、何だか不思議な気持ちになった・・・
<ベテルギウス>
赤やオレンジ色に光る星。地球の大気の関係で輪郭が揺らいで見えることもあり、まるで太陽のコロナのように綺麗だった。
<オリオン大星雲>
煙のようにふわっと霞む白いもやの中に、4つの青白く輝く星が。この星雲の中では新しい星が次々と誕生している。この4つ星、誕生してからまだ「たった400万年」しか経っていないんだって・・・・。推定される寿命が1億年ほどらしく、そこから計算するとまだほんの生まれたて、人間で言うと生後1・2日ほどだそう。ああ、人間の・・・・・何という儚さよ。
<土星>
夢にまで見た、土星!!!ついにこの目で、その姿をはっきりと見ることができたのだーーー!!
小さなレンズの中にぽっかりと浮かんだその姿は、まさに、あの土星だった。その輪は意外にも「5時5分前」という急な角度に傾いていて、写真などで何度も何度も目にした輪が水平にかかった土星に見慣れていた私とタカは、その奇妙に(感じられるほど)傾いた姿にちょっとしたカルチャーショックを受けた。そしてその輪の外側寄りに、すーっと1本走る黒いスジ。その、輪にできた溝までくっきりと見ることができ、思わず感嘆のため息が漏れた・・・。ああ、私は今まさに、宇宙空間にぽっかりと浮かぶ太陽系7番目の星を、この目で確かに見ているんだ・・・・。この夜は幸いなことに、地球の大気でぼやけることもなく風もほとんど無かったために、望遠鏡の能力を最大限に活用した状態で見ることができたのだった。ちなみに解像度が足りないため、色まではつかず。真っ白な土星というのもそうそう見られないかも(笑)。
<球状星団>
どの星座にあるんだったか、説明してくれたはずなんだけれど土星の感激に浸りきっていたためちゃんと聞いてなかったからわからず。そして、覗いたレンズの中に見えたのも、消えかかるタバコの煙のようなもやっとした白っぽいだけのものだった。特にインパクト無し。
約2時間の観望会が、こうしてあっという間に終わった。
その頃にはもう体が芯から冷え切ってしまい、足先などはもう感覚が無いほど。でも寒い日の方が、大気が揺らぎづらいのでくっきりと星を見ることができる。確かに、真冬の星空は綺麗だもんね。
それからそそくさと部屋に戻り、とにかくお風呂で体を暖めることにして大浴場に向かった。
そして・・・ここで白状しますが・・・
他に誰も泊り客がいないのをいいことに、2人で男湯に入っちゃいましたっ!!置いてあったモップを、ドアに突っかえ棒にして。
だって・・・
誰もいない大浴場に、1人で入るの恐いんだもーーーん。エヘヘ。
洗い場で、タカと2人で並んで体を洗っているのが何だか可笑しかった。ああ貸切り。ブラボー!!
さて部屋に戻ると、テラスには頼んでおいた望遠鏡が備え付けられていた。使い方はあらかじめ教わってある。これで今夜は、気が済むまで星を眺めていられるのだわ。
いやいやその前に、今度は腹ごしらえだ。素泊まりなので、食事は車で30分ほどのところにあるファミレスまで行かなくては。何しろここは山奥なので、近くには民家しかない。そこまで降りる道には街灯すらない、まさに漆黒の闇夜だ。そして時間はすでに11時過ぎ・・・。宿泊棟から駐車場に行くまでの道などは、足元も見えないほどの暗闇だった。月も新月から2日目だから細過ぎて光を放つことができない。懐中電灯を借りるのを忘れたので、仕方ないから携帯の灯りを頼りに恐る恐る歩いた。ふと見上げると空には、都会では決して見ることのできない満天の星々が。手を繋いでいるタカの顔すら判らないほどの暗闇で、初めてこの星空を堪能できるんだなぁ・・・。改めて、自分が住んでいる都会の明る過ぎる夜を思った。
そんなこんなでファミレスに着いたのはもう真夜中、12時過ぎ。
とにかく腹ペコだったのでさっと注文してじっと待ち、無言のまま嵐のように食べてぱっと店を出た。
そして部屋に戻り、2人とも上着も脱がずにテラスに出た。望遠鏡をセットして楽しみにしていた星を探し始める。
それは・・・・
この時期、日没とともに東の空から上って来る、木星。
だいたいの位置さえ判っていれば、ひと目でそれだと判るほど木星は他の星に比べてひときわ明るい。
とは言え、見るのも触るのも初めての望遠鏡。それはよくある家庭用の白くて長い筒状のものではなく、黒く太い見慣れない形のものだった。
木星を探し、焦点を合わせるのはタカが引き受けてくれた。彼は普段、仕事がら顕微鏡を使っている。それで見るものはナノサイズだから大きさでは正反対だけれど、こういう機械の操作には手馴れているし、何よりいじるのがとっても楽しそうだった。
そして、ものの10分ほどで見事に木星の姿をレンズの中に捕らえた。慎重にピントを合わせ、興奮しながら「テハヌー、すごいよ!」と笑うタカ。
覗いたレンズには・・・・
赤道付近にある2本の縞模様がはっきりと見分けられる、まさに木星の姿がそこにあった!!
タカ、すごいよ!
視界の狭いレンズを覗き込み、目当ての星を見つけ出す作業は素人にとって決して簡単ではない。下手をすると1時間も試行錯誤を繰り返し、まだ見つけられないってこともあり得る。
何だか惚れ直しちゃった。
その木星の姿は、何だか神々しくさえ思えた。更に驚いたことに、木星を挟んで斜め上から斜め下にかけて対角線上に2個ずつ、計4個の名も知らぬ星が一直線に並んでいたのだった。
それらは、肉眼では全然見えない。
ああこんなことが・・・。
私が毎日、笑ったり泣いたり細々としたことで一喜一憂している間にも・・・。
無限に広がるかのように思える宇宙空間には、見える星以外に、見えないけれど確かに存在する無数の星々が冷然と光っているなんて・・・。
自分達の立てる音とお互いの声だけしか、聞こえる音がない夜。
息を殺して見た太陽系の彼方。
タカとふたり、言葉少なに気が済むまで望遠鏡を覗き込んでから、3時過ぎになってようやく眠りについた。
生きていること
今まさにここでこうしていること
私が私として
この命を終えることができたら
その時には
あの暖かな故郷へ
帰ろう
さて!
31日から1泊2日で行って来ました、和歌山天文台ツアー!
初日、タカの家から車で出発。片道およそ120キロのドライブ。タカはペーパードライバーのため運転は私だけ、途中で休憩しながら高速道路を突っ走り、渋滞に巻き込まれること無くスイスーイと2時間ほどで和歌山市内に到着。
遅いお昼ご飯に和歌山ラーメンを食べようと言うことで、車の中で決めていた「和歌山ラーメンブームの火付け役となった」と言う、老舗のお店に向かった。
10畳くらいの小さな店内に昔ながらを感じさせる年季の入ったテーブルや椅子にが所狭しと並んでいる。そしてもう2時過ぎだというのにお客さんがひしめいていた。5分ほど待って、カウンターの席にちんまりと並んで座る。
ラーメンが来るまで、テーブルに置かれた「早や鮨」(鯖の押し寿司)を食べて待つ。和歌山ラーメンのお店ではこうしてお寿司やゆで卵が並べてあるお店が多く、会計の時に食べた分を自己申請してお金を払うシステムになっている。味は、まあ普通だった。タカはちょっと苦手だったらしく、ひと口で辞退。
さて肝心のラーメンは、とっても美味しかった!好きな味。醤油ラーメンなんだけど、とんこつからしっかりダシを取ってありその臭みがクセになる美味しさ。今まで食べたことのない味だった。ストレート麺はやわらかめで、私は好きだったけれどタカは次に来たら固めにしてもらうと言っていた。でも、味には大満足。
それから、すぐ近くにある和歌山城へ。
天気は上々、青空が広がって気持ちがいい。けれど風は少し冷たくて、城内の桜は5分咲きからほぼ満開まで様々といった感じ。お城をバックに咲き誇る桜の写真を撮った。
それにしても、和歌山市内の道はとても混雑していてお城を見るにも駐車場は行列。ナビがあったから道に迷うことはなかったけれど意外と時間を取られてしまった。日本庭園を眺めたり、侘び寂びの情緒漂うお茶室で抹茶を頂いたりしてから、天守閣に登って展示品を眺めたり写真を撮ったりしているうちに気付けばもう夕方だった。小腹が空いたからもう1軒和歌山ラーメンのハシゴを・・・なんて言ってたけど、メインイベントでもある天文台での7時からの観望会に間に合わなくなりそうになり、慌てて車に乗り込んだ。
市内から約1時間、山間の小さな町を抜け更に奥深くまで車を走らせる。夕陽はどんどん傾き、雲ひとつない青空が夕闇に溶け始めた頃、その天文台は見えてきた。途中、街灯が全く無い山道を登り続け着いたのは6時半頃、危ないとこだった。宿泊施設もあるその天文台に転がり込むようにチェックイン。フロントの人に「お待ちしていました」と言われ、それがすごく実感がこもっていて気恥ずかしかった。ロビーにはすでに観望会に参加する家族が集まっていて、楽しそうに談笑している。
さっそく部屋に案内してもらうと、そこは10畳ほどもある和室。洗面所とトイレ付きでお風呂は大浴場のみ、東側にベランダ南側にテラスがあり、南のテラスには望遠鏡をセットする用具が備え付けてある。ここは別料金(1500円前後)で望遠鏡を借りることができ、その気になれば一晩中でも星を眺めることができるようになっているのだ〜!
部屋の中は清潔で設備もきれい、これで1人4700円(素泊まり)は安いぞ!そして何と・・・この日、泊り客は私達2人だけだった・・・思いがけず、貸切り。
さて、荷物を置きお茶を飲んで一息ついてから、観望会へいざ出発!春とはいえ山の上はまだまだ寒く、手袋をし毛糸の帽子をかぶって真冬の装備だ。丸いドームの天文台は宿泊施設のすぐ裏にあり、もうすっかり日が暮れて真っ暗になった細道を、職員の方に連れられ他の参加者達と一緒にゆっくりと登っていく。ここでも街灯などは一切無くて、職員が持つ小さな懐中電灯の灯りだけが頼りだ。それでも目が慣れてくると、ぼうっと道や建物や人影の濃淡がわかってきた。
そして、見上げる夜空には既にオリオンも北斗七星も煌いている。星の観測にはこれ以上無いと思えるほど、一片の雲も無く空気は澄み切っていた。ああ神様、心から感謝します!
天文台の中に入るとそこには、巨大な望遠鏡がひっそりと出番を待っていた。赤い非常灯だけが点いている部屋の壁に沿って順番に座り、職員さんの説明をしばらく聞いてからいよいよ星を見ることになった。
この日見たのは、全部で5つ。
<シリウス>
青く輝く1等星。眩しいほど輝いて、他の星と比べて圧倒的に明るく大きく見えた。レンズを通して見る宇宙の星はこれが始めてで、何だか不思議な気持ちになった・・・
<ベテルギウス>
赤やオレンジ色に光る星。地球の大気の関係で輪郭が揺らいで見えることもあり、まるで太陽のコロナのように綺麗だった。
<オリオン大星雲>
煙のようにふわっと霞む白いもやの中に、4つの青白く輝く星が。この星雲の中では新しい星が次々と誕生している。この4つ星、誕生してからまだ「たった400万年」しか経っていないんだって・・・・。推定される寿命が1億年ほどらしく、そこから計算するとまだほんの生まれたて、人間で言うと生後1・2日ほどだそう。ああ、人間の・・・・・何という儚さよ。
<土星>
夢にまで見た、土星!!!ついにこの目で、その姿をはっきりと見ることができたのだーーー!!
小さなレンズの中にぽっかりと浮かんだその姿は、まさに、あの土星だった。その輪は意外にも「5時5分前」という急な角度に傾いていて、写真などで何度も何度も目にした輪が水平にかかった土星に見慣れていた私とタカは、その奇妙に(感じられるほど)傾いた姿にちょっとしたカルチャーショックを受けた。そしてその輪の外側寄りに、すーっと1本走る黒いスジ。その、輪にできた溝までくっきりと見ることができ、思わず感嘆のため息が漏れた・・・。ああ、私は今まさに、宇宙空間にぽっかりと浮かぶ太陽系7番目の星を、この目で確かに見ているんだ・・・・。この夜は幸いなことに、地球の大気でぼやけることもなく風もほとんど無かったために、望遠鏡の能力を最大限に活用した状態で見ることができたのだった。ちなみに解像度が足りないため、色まではつかず。真っ白な土星というのもそうそう見られないかも(笑)。
<球状星団>
どの星座にあるんだったか、説明してくれたはずなんだけれど土星の感激に浸りきっていたためちゃんと聞いてなかったからわからず。そして、覗いたレンズの中に見えたのも、消えかかるタバコの煙のようなもやっとした白っぽいだけのものだった。特にインパクト無し。
約2時間の観望会が、こうしてあっという間に終わった。
その頃にはもう体が芯から冷え切ってしまい、足先などはもう感覚が無いほど。でも寒い日の方が、大気が揺らぎづらいのでくっきりと星を見ることができる。確かに、真冬の星空は綺麗だもんね。
それからそそくさと部屋に戻り、とにかくお風呂で体を暖めることにして大浴場に向かった。
そして・・・ここで白状しますが・・・
他に誰も泊り客がいないのをいいことに、2人で男湯に入っちゃいましたっ!!置いてあったモップを、ドアに突っかえ棒にして。
だって・・・
誰もいない大浴場に、1人で入るの恐いんだもーーーん。エヘヘ。
洗い場で、タカと2人で並んで体を洗っているのが何だか可笑しかった。ああ貸切り。ブラボー!!
さて部屋に戻ると、テラスには頼んでおいた望遠鏡が備え付けられていた。使い方はあらかじめ教わってある。これで今夜は、気が済むまで星を眺めていられるのだわ。
いやいやその前に、今度は腹ごしらえだ。素泊まりなので、食事は車で30分ほどのところにあるファミレスまで行かなくては。何しろここは山奥なので、近くには民家しかない。そこまで降りる道には街灯すらない、まさに漆黒の闇夜だ。そして時間はすでに11時過ぎ・・・。宿泊棟から駐車場に行くまでの道などは、足元も見えないほどの暗闇だった。月も新月から2日目だから細過ぎて光を放つことができない。懐中電灯を借りるのを忘れたので、仕方ないから携帯の灯りを頼りに恐る恐る歩いた。ふと見上げると空には、都会では決して見ることのできない満天の星々が。手を繋いでいるタカの顔すら判らないほどの暗闇で、初めてこの星空を堪能できるんだなぁ・・・。改めて、自分が住んでいる都会の明る過ぎる夜を思った。
そんなこんなでファミレスに着いたのはもう真夜中、12時過ぎ。
とにかく腹ペコだったのでさっと注文してじっと待ち、無言のまま嵐のように食べてぱっと店を出た。
そして部屋に戻り、2人とも上着も脱がずにテラスに出た。望遠鏡をセットして楽しみにしていた星を探し始める。
それは・・・・
この時期、日没とともに東の空から上って来る、木星。
だいたいの位置さえ判っていれば、ひと目でそれだと判るほど木星は他の星に比べてひときわ明るい。
とは言え、見るのも触るのも初めての望遠鏡。それはよくある家庭用の白くて長い筒状のものではなく、黒く太い見慣れない形のものだった。
木星を探し、焦点を合わせるのはタカが引き受けてくれた。彼は普段、仕事がら顕微鏡を使っている。それで見るものはナノサイズだから大きさでは正反対だけれど、こういう機械の操作には手馴れているし、何よりいじるのがとっても楽しそうだった。
そして、ものの10分ほどで見事に木星の姿をレンズの中に捕らえた。慎重にピントを合わせ、興奮しながら「テハヌー、すごいよ!」と笑うタカ。
覗いたレンズには・・・・
赤道付近にある2本の縞模様がはっきりと見分けられる、まさに木星の姿がそこにあった!!
タカ、すごいよ!
視界の狭いレンズを覗き込み、目当ての星を見つけ出す作業は素人にとって決して簡単ではない。下手をすると1時間も試行錯誤を繰り返し、まだ見つけられないってこともあり得る。
何だか惚れ直しちゃった。
その木星の姿は、何だか神々しくさえ思えた。更に驚いたことに、木星を挟んで斜め上から斜め下にかけて対角線上に2個ずつ、計4個の名も知らぬ星が一直線に並んでいたのだった。
それらは、肉眼では全然見えない。
ああこんなことが・・・。
私が毎日、笑ったり泣いたり細々としたことで一喜一憂している間にも・・・。
無限に広がるかのように思える宇宙空間には、見える星以外に、見えないけれど確かに存在する無数の星々が冷然と光っているなんて・・・。
自分達の立てる音とお互いの声だけしか、聞こえる音がない夜。
息を殺して見た太陽系の彼方。
タカとふたり、言葉少なに気が済むまで望遠鏡を覗き込んでから、3時過ぎになってようやく眠りについた。
生きていること
今まさにここでこうしていること
私が私として
この命を終えることができたら
その時には
あの暖かな故郷へ
帰ろう
もうすぐご褒美
2006年3月29日
今週は楽チン。
明日の午前中まで働けば、午後から来週の月曜までお休みだぁ〜っ!
4日半の連休。ひと月早いゴールデンウィーク。
その代わり、5月の連休はほとんど休み無しってことだけど。
そこで、前から密かに考えていたタカと2人で香港に行くっちゅう野望は潰えたけれど、その代わり彼のナイスな提案で金曜の夜に天文台に泊りに行くことになった♪
そこは和歌山の山奥の、宿泊施設がある天文台。夜、観望会が行われ直径1メートルの巨大な天体望遠鏡を覗かせてもらえる。調べてみたら、今の時期はちょうど土星が見られるらしい・・・!オーロラと並んで、私が死ぬまでに一度はこの目で見たいと思っていた土星の輪っか。いよいよ見れるかもしれないんだわ。あとは晴れることを祈るだけ。
まさにその時その場所で、天の計らいによりどうか満点の星空が広がりますようにぃぃぃぃ〜っ!
それはそうと、ぼちぼち桜が咲いているねぇ。
今日は真冬並みの寒さで、道すがら見かける桜のつぼみも固く寒さに震えていた。
満開はちょうど週末あたりだろうか・・・?
ならば天文台に泊った翌日は、和歌山の桜の名所でも訪れてみたい。そう言えば高野山にもまだ行ったことがないし、温泉にゆっくり入るのもいいなぁ。あっ。和歌山ラーメン食べてこよう。
よしっ。
タカがお風呂から上がったら、スカイプ使ってテレビ電話状態で作戦会議だ。
むちゃくちゃ楽しみになってきたよ〜ん
明日の午前中まで働けば、午後から来週の月曜までお休みだぁ〜っ!
4日半の連休。ひと月早いゴールデンウィーク。
その代わり、5月の連休はほとんど休み無しってことだけど。
そこで、前から密かに考えていたタカと2人で香港に行くっちゅう野望は潰えたけれど、その代わり彼のナイスな提案で金曜の夜に天文台に泊りに行くことになった♪
そこは和歌山の山奥の、宿泊施設がある天文台。夜、観望会が行われ直径1メートルの巨大な天体望遠鏡を覗かせてもらえる。調べてみたら、今の時期はちょうど土星が見られるらしい・・・!オーロラと並んで、私が死ぬまでに一度はこの目で見たいと思っていた土星の輪っか。いよいよ見れるかもしれないんだわ。あとは晴れることを祈るだけ。
まさにその時その場所で、天の計らいによりどうか満点の星空が広がりますようにぃぃぃぃ〜っ!
それはそうと、ぼちぼち桜が咲いているねぇ。
今日は真冬並みの寒さで、道すがら見かける桜のつぼみも固く寒さに震えていた。
満開はちょうど週末あたりだろうか・・・?
ならば天文台に泊った翌日は、和歌山の桜の名所でも訪れてみたい。そう言えば高野山にもまだ行ったことがないし、温泉にゆっくり入るのもいいなぁ。あっ。和歌山ラーメン食べてこよう。
よしっ。
タカがお風呂から上がったら、スカイプ使ってテレビ電話状態で作戦会議だ。
むちゃくちゃ楽しみになってきたよ〜ん
憶え記すこと
2006年3月28日
こないだの週末、借りてきた映画をタカと見た。
もう1本、「バタフライ・エフェクト」も続けて見たんだけど、彼が選んだこの2本は知ってか知らずかどちらも<記憶>が共通点だったのが面白かった。
さてこの「エターナル・サンシャイン」、私の中では監督・役者・脚本・演出・カメラワーク・編集の全てが高得点。久々に、見終わってからしみじみとした満足感で心を満たされた作品だった。
ジム・キャリー、こういう芝居をする彼をこそ見てみたかったのだっ!ケイト・ウィンスレットも、タイタニックよりずっと自然でエロい。「ネバーランド」じゃちっとも心に響く演技が無かったから、がっかりしていたところ。ああ、やっぱり底力あり。
何より、脚本が好きだ。チャーリー・カウフマン。別れた恋人との記憶を消してしまう・・・そんなことができたらどんなに楽か?まぁ、私だったらもったいないからそんなことしないけど、主人公ジョエルはやっちゃう。そしてやっぱり途中から後悔する。そして・・・・・。
映画が終わり、まだエンドロールが流れている画面を見ながら私はタカに問いかけてみた。
「過去は変えられると思う?」
すると、一瞬考えてタカは言った。
「変えられない。」
きっとそう言うと思ったよ。
でもね・・・タカ。
「過去は、変えられるよ。」
「どうして?今が変わるから?」
「そう。人は、常に変化し続けていくから」
記憶。
海馬の成せる技。
記憶ほど曖昧なものはない。
毎日を生きてゆく私達は、経験を重ねて自分をリニューアルさせ続けている。そして過去の記憶は多かれ少なかれ、自分の都合の良い様に捏造されるのだ。「こうあって欲しかった」とか「こうであるべきだった」という理想のシャワーに晒されて変形してゆく。酸性雨に傷む土壌のように。
しかも、例えば<20歳の時の失恋>という記憶を探るにしても、それを思い出す自分はどんどん成長し続ける。判らなかったことも霧が晴れるように見えてくる。立ち直れないほど傷つけられたと思っていた、かつて愛した人に投げつけられた酷い言葉も、その後ろに隠れていたものに気付いた時、一瞬にして違う意味を持つのだ。
もし、自分が他の誰かを深く傷つけてしまった時は、もちろん時を置かずにきちんと謝るのが一番良い。でも、それができずに2度と会えなくなったりしたら・・・祈るしかない。相手の記憶の中で、その出来事はそれでも意味があったのだと思えるようになることを。そんな風に、相手が心の器を広げてくれるのを。そして私が思うに、その祈りはたいてい通じるものだ。
まあ、そんな風に思うと辛い過去もなかなか捨てたもんじゃないでしょう。変えられないからっていつまでもクヨクヨしてたら、先に進めないし。
過去に囚われず、未来を欲せず。
飄々とただ、流されていたい時があるねぇ・・・・
もう1本、「バタフライ・エフェクト」も続けて見たんだけど、彼が選んだこの2本は知ってか知らずかどちらも<記憶>が共通点だったのが面白かった。
さてこの「エターナル・サンシャイン」、私の中では監督・役者・脚本・演出・カメラワーク・編集の全てが高得点。久々に、見終わってからしみじみとした満足感で心を満たされた作品だった。
ジム・キャリー、こういう芝居をする彼をこそ見てみたかったのだっ!ケイト・ウィンスレットも、タイタニックよりずっと自然でエロい。「ネバーランド」じゃちっとも心に響く演技が無かったから、がっかりしていたところ。ああ、やっぱり底力あり。
何より、脚本が好きだ。チャーリー・カウフマン。別れた恋人との記憶を消してしまう・・・そんなことができたらどんなに楽か?まぁ、私だったらもったいないからそんなことしないけど、主人公ジョエルはやっちゃう。そしてやっぱり途中から後悔する。そして・・・・・。
映画が終わり、まだエンドロールが流れている画面を見ながら私はタカに問いかけてみた。
「過去は変えられると思う?」
すると、一瞬考えてタカは言った。
「変えられない。」
きっとそう言うと思ったよ。
でもね・・・タカ。
「過去は、変えられるよ。」
「どうして?今が変わるから?」
「そう。人は、常に変化し続けていくから」
記憶。
海馬の成せる技。
記憶ほど曖昧なものはない。
毎日を生きてゆく私達は、経験を重ねて自分をリニューアルさせ続けている。そして過去の記憶は多かれ少なかれ、自分の都合の良い様に捏造されるのだ。「こうあって欲しかった」とか「こうであるべきだった」という理想のシャワーに晒されて変形してゆく。酸性雨に傷む土壌のように。
しかも、例えば<20歳の時の失恋>という記憶を探るにしても、それを思い出す自分はどんどん成長し続ける。判らなかったことも霧が晴れるように見えてくる。立ち直れないほど傷つけられたと思っていた、かつて愛した人に投げつけられた酷い言葉も、その後ろに隠れていたものに気付いた時、一瞬にして違う意味を持つのだ。
もし、自分が他の誰かを深く傷つけてしまった時は、もちろん時を置かずにきちんと謝るのが一番良い。でも、それができずに2度と会えなくなったりしたら・・・祈るしかない。相手の記憶の中で、その出来事はそれでも意味があったのだと思えるようになることを。そんな風に、相手が心の器を広げてくれるのを。そして私が思うに、その祈りはたいてい通じるものだ。
まあ、そんな風に思うと辛い過去もなかなか捨てたもんじゃないでしょう。変えられないからっていつまでもクヨクヨしてたら、先に進めないし。
過去に囚われず、未来を欲せず。
飄々とただ、流されていたい時があるねぇ・・・・